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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第12章

第221回

 ロベールが訪ねてきた日、エマニュエルはたまたまオーケストラの仕事でシェルブールに出かけていた。クラリスは、息子のステファーヌと一緒に庭で遊んでいた。
「こんにちは」ロベールは楽しそうな二人に声をかけた。
 クラリスは振り返った。そして、ロベールに気がつくと、棒立ちになった。
 ロベールもそんなかの女の様子を見て、言葉を失った。
 そのとき、ステファーヌがゆりかごの中で何か声を出した。
 二人には、それが『パパ』と聞こえた。
 ロベールは、その言葉を聞いて、胸が苦しくなった。大切なものを失った、あのときのことが脳裏をよぎった。彼は、あのときのことを思い出すたびに、後悔で胸が締め付けられる思いを味わっていたのである。あのとき、この子どもの父親になるという選択肢を示していれば、今ごろは、こうして三人で暮らしていたかも知れないのに・・・。子どもの発した『パパ』という呼びかけは、今の彼には残酷なものだった。
「・・・エマニュエルは?」ロベールはやっと口を開いた。
「仕事よ。もうすぐ帰ると思うわ。あなたは、彼に、何か?」クラリスは落ち着きを取り戻した。
「今度、ミュラーユリュードに来ました。だから、挨拶にね」ロベールはそう言うと、ゆりかごの方に目を移した。
「ミュラーユリュード? じゃ、サント=ヴェロニック校に?」
「そうです。そこで、ピアノを教えることにしました」
 クラリスも胸がつまりそうな思いを抱いていた。ロベールは、つい昨日別れたかのようにまったく変わっていない。そして、昔『愛しています』と言われたときそのままの口調で話している・・・クラリスはそう思った。そして、自分がそう思ったことに気づくと、驚き、恥ずかしさを感じた。かの女は、ロベールと目を合わせたくないので、子どものゆりかごの方へ移動した。
 ロベールの視線も、またゆりかごの上をさまよっていた。
 そこへ帰ってきたエマニュエルは、庭にいた三人を見て、驚いて大きな声を上げそうになった。
 ロビン、クラリス、そして小さなゆりかご。不思議な取り合わせだった。しかし、彼らはひょっとすると、今ごろこうして暮らしていた可能性もあったのだ・・・。だが、彼らは別な選択をした。
 エマニュエルは、平静を装って三人に近づいた。
「やあ、ロビン。久しぶりですね」エマニュエルは、昨日別れた友人に話しかける調子で挨拶した。
「今日は、あなたに挨拶に来ました」ロベールが答えた。「実は、今度、サント=ヴェロニック校に勤務することになりました。それで、先輩に挨拶をしようと思ったんです」
 エマニュエルは、動揺を隠すためにゆりかごから子どもを抱き上げた。ステファーヌは嬉しそうな声を上げてエマニュエルに抱きついた。
「・・・サント=ヴェロニック校で、ピアノを教えるの?」エマニュエルが訊ねた。その瞬間、ステファーヌはエマニュエルのあごひげを引っ張った。彼は、息子に幸せそうな顔を向けた。
 その表情を見ると、ステファーヌも嬉しそうに笑った。その笑顔は、クラリスにそっくりであった。
 ロベールは思わずクラリスの方に目を移した。クラリスは、エマニュエルとステファーヌを幸せそうに見つめていた。
 ロベールは、初めて、ここにきたことを後悔した。自分は招かれざる客だ・・・彼はそう痛感したのである。
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