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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第12章

第222回

 エマニュエルは、子どもをゆりかごに戻し、ロベールの方を見た。
「・・・そう・・・よかったですね。同じ学校の同僚として、歓迎しますよ、ロビン」
「すべて、あなたたちのおかげです。だから、どうしてもお礼が言いたかったんです」ロベールが言った。
 エマニュエルもクラリスも首をひねった。
「・・・それは、こういうわけなんです。<クレール>を演奏したとき、そこにたまたまド=ラグランジュ校長が居合わせたんですよ」
「それで・・・あなたは、ほかの仕事を・・・もっといい仕事があったでしょうに・・・」クラリスは驚きのあまり、ちゃんと言葉を組み立てることができなかった。
「ほかの仕事より、これを選んだんですよ、クラリス」ロベールは、昔のように優しくほほえんだ。
 それに続く『・・・きみのそばにいたかったから・・・』という言葉を、エマニュエルははっきり聞いた。彼の胸も何かでえぐられたかのように痛んだ。
「・・・どうして・・・!」クラリスは絶句した。思わずそう口走ってから、かの女は、ロベールの心の中の声を一瞬遅れで聞いた。そして、かの女の心も痛みを感じた。
 クラリスとロベールの目が一瞬だけ合った。クラリスは、思わず目をそらした。かの女は、ロベールの目を見る自信がなかった。
 エマニュエルは、そのクラリスの視線をとらえた。かの女の目に苦悩の色を読みとり、彼はさらに動揺した。かの女は、やはり自分と結婚したことを後悔している、彼はそう思ったのである。
 ロベールはほほえみ続けていた。「一度しかない人生ですからね、いろいろ試してみたいんですよ。最後に、後悔しないためにね」
 エマニュエルは、ロベールに訊ねた。「いろいろ・・・なるほど。それでは、あなたの最終的な夢は何ですか?」
 ロベールは、エマニュエルの目をまっすぐに見つめた。「幸せになることです」
 エマニュエルは予期しない答えに驚いた。彼自身の最終的な夢は、自分のオーケストラを作ることであった。夢というものは、具体性を持つものだと彼は思っていたのである。
 ロベールは、エマニュエルが驚いた理由がわからなかったので、付け加えた。「そして、誰かを幸せにすることです」
「誰かを・・・?」
 ロベールはうなずいた。「わたしが、コンサートピアニストを続けているのは、わたしの演奏を聴くことで、誰かが幸せな気分になればいいと思っているからです。教師になろうと思ったのは、そのことが、誰かがピアノを生涯愛し続けるきっかけになってくれればいいと思うからです」
 クラリスは思わずうなずいていた。
「人は、誰かを幸せにするために生まれてくるんじゃないでしょうか」ロベールはエマニュエルから目をそらさなかった。「わたしは、近頃、そういう風に思うようになりました」
 エマニュエルは、『じゃ、あなたがここにきたのは、誰を幸せにするため?』と聞きそうになった。
 ロベールがここに来ても、誰一人幸せにはならない。
 ただ一人、ロベール自身を除いては。
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