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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第13章

第236回

 オーギュスティーヌは、クラリスを気に入ってしまっていた。確かに、家中の人はこの赤毛の子どもに夢中になっていた。それなりにみなに愛されていたはずであった。しかし、オーギュスティーヌは孤独だった。かの女---便宜的にかの女と呼ぶ---の本当の気持ちは、誰にも理解できなかったのである。ところが、このクラリス伯母だけはどこか違った。初めてクラリスの前でピアノを弾いたときから、クラリスには自分のことがわかる・・・かの女はそう思った。
 オーギュスティーヌは、アレクサンドリーヌがピアノを弾くのを聴きながら育った。いつしか、かの女もピアノの前に座った。アレクサンドリーヌは、かの女がピアノを弾くのを強制しなかった。そのため、かの女は、自由にピアノを弾いた。最初は、アレクサンドリーヌが弾いた曲をまねし、そのうちに自分で気に入った音を並べるようになった。ルイ=フィリップもアレクサンドリーヌも、子どもに作曲の才能があることに気づいたが、5歳になるまでは正式に勉強をさせないことにしたのである。
 クラリスは、オーギュスティーヌが演奏するのを聞いたとき、その曲から、かの女の生活ぶりをよみとったのであった。かの女は、こうやって音楽を演奏するのが好きである。でも、誰も、かの女のメッセージを聞いてくれない。ひとりきりでさびしいのだ。でも、誰もそれに気づいてくれない。ルイ=フィリップもアレクサンドリーヌもマドレーヌもみんなかの女を愛してくれているけど、かの女の気持ちはわかっていない。・・・しかし、クラリスは、かの女に寄り添ってくれた。クラリスにだけは、かの女が本当はさびしいのだと言うことがわかったようであった。クラリスは、初めて会ったときに、<大丈夫、わたしがここにいるわ>とかの女に伝えてきたのだ。オーギュスティーヌは、クラリスになら何でも話せそうな気がした。
 翌日、オーギュスティーヌは、クラリスに朝の挨拶をした後、ピアノの演奏をした。クラリスも、ピアノを弾いてお返しした。<いいお天気ね。みずうみがとってもきれい>・・・クラリスのメッセージは、オーギュスティーヌに届いた。
 オーギュスティーヌの目に涙がたまった。やっぱり、この人は何でもわかっている! かの女はそう思った。
「泣かないで、オーギュスティーヌ・・・わたし、何か変なことを言った?」クラリスはそう訊ねた。
 オーギュスティーヌは言葉で返事できず、ピアノに向かった。
 クラリスはほほえんだ。「オーギュスティーヌ、音の言葉をもっと知りたくない?」
 オーギュスティーヌはクラリスに抱きついた。
「そうよ、正しい言葉がわかれば、あなたとちゃんと会話できるわ、オーギュスティーヌ」クラリスが言った。
 クラリスは、自分が4歳だったとき、フランソワーズ=ド=ラヴェルダンがどうやってかの女に作曲を教えたか思い出そうとしていた。そう、最初は、理論なんか知らなかった。ただ、会話していただけだ。言葉と音楽と両方使って・・・。
「最初は、ごあいさつ・・・」クラリスは、ピアノに向かって楽しい曲を演奏した。「今日は、とてもお天気がいいから、わたしは、とても嬉しいの」
 オーギュスティーヌも思わずほほえんでいた。
「朝ごはんを食べなくちゃならないわ・・・」クラリスの音楽はちょっと変化した。「・・・わたし、ピーマンは嫌いだわ・・・」何か嫌な感じがする音楽に変わった。オーギュスティーヌの目が輝いた。
「わたしも、ピーマンが嫌い」オーギュスティーヌは、クラリスの隣に座って同じメロディーを演奏した。
 クラリスはちょっと驚いた。この子は、とても耳がいい。きっと、すばらしい作曲家になるだろう。
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