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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第14章

第259回

 その一方で、ドクトゥールは、オーギュスティーヌには破格の扱いをしていた。
 彼は、かの女に作曲の教師をつけた。その教師は、サント=ヴェロニック校で作曲を教えているアルマン=リヴィエールであった。リヴィエールは、サント=ヴェロニック教会の正オルガニストでもあり、なかなか気むずかしい人物として有名だったが、もともとメランベルジェの弟子であり、クラリスのたっての頼みということもあり、少女を受け入れたのである。クラリスからの手紙には誇張はなかった。彼は、オーギュスティーヌの才能を認め、かの女の教育に夢中になったのである。
 さらに、オーギュスティーヌのピアノの師として、ロベール=フランショームが屋敷に出入りするようになった。ロベールは、オーギュスティーヌの兄たちにはすでにピアノを教えていた。オーギュスティーヌにもピアノを正式に習わせることは、本当の父親であるアルトゥールの強い希望であった。
 オーギュスティーヌは、シャルロットにピアノを弾いて聴かせるのが好きだった。かの女は、わざとシャルロットのゆりかごをピアノのそばに置き、優しいメロディーを聴かせた。シャルロットは、母親の子守歌のかわりに、オーギュスティーヌのピアノを聞かされたのである。
 しかし、ロベールは、なぜかシャルロットが嫌いだった。この子はこんなにちいさいのに、澄んだブルーの目をしている。ときどき、驚くほどクラリスに似ていると思わせる瞬間がある一方、エマニュエルそっくりのほほえみを見せることもある。彼は、シャルロットの中のエマニュエルの面影を見るのがいやだった。エマニュエルの妹の子どもなのだからエマニュエルに似ているのは当然なのだが、彼は、クラリスそっくりのこの子どもが、ほんの少しでも彼のライヴァルに似ているのが許せなかったのである。
 ある日、ロベールは、シャルロットがハミングしていることに気がついた。最初は、ただ声を出しているだけだと思っていたが、よくよく聞くときちんと抑揚がある。それが、次第にちゃんとしたメロディーの形に聞こえるようになった。やがて、かの女は、この部屋でレッスンする子どもたちが演奏している曲を覚え始めた。そればかりではなく、時々彼自身が弾く<大人の曲>さえ、聞いたとたんに覚えてしまうことに気づいたのである。彼は、シャルロットにピアノを教えてみたいと思った。しかし、シャルロットは、彼が自分に興味を持っていることがなぜか気に入らないようだった。かの女は、歩けるようになると、自分の意思でピアノの部屋から遠ざかるようになった。さらに、よく観察してみると、かの女は、オーギュスティーヌがピアノを弾いているときには、そばでちゃんと聞いている。嫌われたのは、ロベールの存在だったのだ。
 シャルロットは、ほかの子どもたちがロベールのところにいる間、ロジェ=ド=ヴェルクルーズのところにいた。ロジェは、勉強していた。シャルロットは、ロジェに、教科書を音読してもらうのが好きだった。かの女は、それを、まるで音楽のように聞き、暗記し、ロジェに向かって暗唱するのである。
 ドクトゥールは、何気なく通りかかって、シャルロットがロジェにラテン語の文章を聞かせているのを聞き、度肝を抜かれた。もちろん、シャルロットは自分が暗記している文章の意味など知らなかったが。
 やがて、かの女はアルファベットを覚え、瞬く間に読み方を覚えたのである。かの女にとっては、フランス語もイギリス語もラテン語も<読むだけなら>難しくはなかったのであった。さらに、ロジェは、かの女に書くことも教えた。ロジェは、かの女が文章を綴れるようになると、文章を書く楽しみを教えたのである。10歳違いの彼らは、共同で小説を書き始めた。その最初の読者は、アンブロワーズ=ダルベールであった。
 ある日、アンブロワーズは、面白がって小説を書いていた二人に、通りがかりにこう声をかけた。
「本当に、きみたちは、64分休符ほどの休みもなく小説を書いているんだね」
 シャルロットは、それをほめ言葉と取って、うれしそうにほほえんだ。
「きみたちだって、暇があるとノートにかじりついているじゃないか」ロジェは、アンブロワーズと彼の後ろに陰のようにくっついて歩いてきた少年に声をかけた。「だいたい、きみは、まだ学生のくせに、もう弟子がいるのか?」
 それを聞くと、すみれ色の目をした少年は恥ずかしそうにうつむいた。
「ティーヴィは、ぼくの弟子じゃないよ。それより、きみの女弟子はどうなんだ? もしかして、きみ以上に才能があるんじゃないのか?」アンブロワーズはからかうように言った。
 ロジェは、シャルロットが書き上げたばかりのノートをアンブロワーズに差しだした。
「これ、どう思いますか、アンブロワーズ?」
 アンブロワーズは、彼らの小説の感想を求められ、こう言った。
「・・・ふたりで半分ずつ書いているんだね・・・?」
 そのノートの右側のページがロジェ、左側のページをシャルロットが書いて、その小説はできあがっていた。
「いい出来だと思うよ。半分は。だけど、主人公(ヒロイン)をこれ以上不幸にしたら、もう読んであげないからね」アンブロワーズはロジェに不満そうに言った。「せっかくロッティが主人公を幸せにしようとしているのに、次のページに行くと不幸になっちゃうんだもの」
 ロジェはほほえんだ。「だって、平凡な人生なんて、つまらないと思わない?」
 11歳の少年としては大人びたその意見を、16歳の少年は笑い飛ばした。「ぼくは、弱いものいじめをする人は嫌いだよ、ロジェ。男の子は、女の子を守ってあげるべきだと思うな」
 ロジェは、びっくりしたようにアンブロワーズを見つめた。彼は、アンブロワーズの言葉に、ちょっとした違和感を覚えていた。その理由が何であるのかは、彼にはよくわからなかったが。
「きみは、ロッティの守護者(ガルディアン)なんだよ、ロジェ」アンブロワーズはそう言った。
 ロジェは、その言葉を一生忘れなかった・・・。
 アンブロワーズのほうは、シャルロットを見つめてほほえんでいた。彼は、自分がロジェにいった言葉の意味を深くは考えていなかったのであった。
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