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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第14章

第262回

 トマは、9人を立たせると、例のバラのところに案内した。
「これがそうです。この花だけが、庭中でただ一つ、つぼみを持っているのです」
 シャルロットは、トマにほほえみかけた。「本当に、きれいな花なのね、ムッシュー=ルヴォー・・・」
 トマも嬉しそうにほほえみかえした。
 そこへ、研究所からドクトゥールがこちらに向かってやってきた。
 トマの注意がそちらにそれたので、子どもたちはその場から離れた。彼らは、話が終わったので、鬼ごっこを始めたのである。
 トマの方は、ドクトゥールをつかまえて、バラの方へ引っ張ってきた。彼は、初めてのバラがつぼみを持ったことが嬉しくて、ドクトゥールが忙しいかどうかなどをまるで考えてはいなかったのである。
 鬼をしていたドニ=フェリーは、ちょうどバラの陰を通りかかり、二人の会話を耳にはさんだ。
「・・・名前は知っています。有名な白バラですから」ドクトゥールの声だった。
「ユーフラジーおじょうさまは、きっと、この白バラのようなおかたになると思いますよ」トマのしわがれた声がした。
「<フラウ=カール=ドルシュキー>のように、かね?」
「ええ。この<貴婦人>のように」
「<貴婦人>か。・・・そうだね、ロッティは、そんな女性になるだろうね。美しくて、上品なひとにね。かの女のことを思い出すとき、人は白いバラを連想するようになるだろう・・・。恐らく、このバラのような、白いバラをね」ドクトゥールは考えながらそう言っていた。「・・・しかし、もう一つ、このバラとかの女には共通点がある。あの子には、とげがある。あの子は、ただ慎ましいだけではない女性になることだろう。かの女は、白バラとして、どういうタイプの女性といわれるようになるだろうね・・・?」
 ドニは、そこを通り過ぎた。彼には、今のかの女にはドクトゥールの言葉はあたらないと思った。かの女は、太陽をふたつもっているみたいに、いつもにこにこしていた。上品とか、とげがあるというような言葉とは違って見えた。
 そのとき、彼は、シャルロットを見つけた。かの女は、黄色いバラのつぼみの前で立ち止まっていた。そのバラには、<スーヴニール 1903 アレクサンドル=ド=メディシス>という札がついていた。シャルロットは、これを作ったアレクサンドル=ド=メディシスという人が、どんな思い出(スーヴニール)のためにこれを作ったのだろう・・・と考えていたのである。
 ドニは、シャルロットを捕まえることもできたのだが、かの女があまり熱心にバラを見ていたので、自分たちが鬼ごっこをしていることを忘れた。
「ロッティ、摘んであげようか?」ドニは、シャルロットにそう訊ねた。
「まさか、とんでもないわ」シャルロットは首を振った。「わたしは欲しいけど、でも、摘んでしまったら、ムッシュー=ルヴォーが悲しむと思うわ・・・」
「欲しいんなら、あげるよ」ドニは、黄色のバラの茂みから一本取った。「こんなにいっぱいあるんだもの、一本くらいいいじゃない? それに、このバラだって、ここに咲いているより、きみの手の中にある方がうれしいさ」
「そうかしら?」シャルロットは首をかしげた。
 ドニはうなずき、中世の騎士のようにかの女の前にひざまずいた。「おじょうさま、どうぞ」
「ありがとう」シャルロットは、ドニがうやうやしく差し出したバラを受け取った。
 ドニは、にっこりと笑うと、鬼ごっこの続きを始めるため、その場から駆け去っていった。
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