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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第16章

第287回

 その直後から、エマニュエルはコリーヌ=コンソナンスの自分の屋敷の庭だったところに、大きな建物を建て始めた。町の人たちは、そこに音楽をするためのホールができると聞いて驚いた。
 学生時代から、彼は自分のオーケストラを持つのが夢だった。クラリスが死んでしまった今、その悲しみから逃れる手段は、自分の夢を追うことしかないと、彼にはわかっていた。きっとかの女も、それを喜んでくれるはずだと思った。
 エマニュエルの計画を知り、ホールが完成する前に何人かの音楽家がオート=サン=ミシェルにやってきた。エマニュエルのオーケストラは、わずか10人でスタートした。
 ホールは翌年の2月に完成した。そして、3月5日、クラリスの誕生日であり命日でもあるこの日、最初のコンサートが開かれることになった。
 ホールの正式な名称は<クラリス=ド=ヴェルモン=メモリアル=ホール>と決まり、入り口にはその名前が刻まれた看板が立った。名前が英語でつけられたのは、命名者がロベール=フランショームだったからである。しかし、町の人たちは、このホールを正式な英語での名称で呼ぶことはなかった。<クラリス=ド=ヴェルモン記念ホール>という意味のフランス語で呼ぶこともなく、<サル=ド=コンソナンス(コンソナンス=ホール)>と地名で呼んだ。コンソナンス通りのはずれにできたホールだったからである。
 さて、このこけら落としコンサートの演目は、クラリスの大作<サンフォニィ=ダムール>と決定していた。この曲は、1894年に完成して以来、本来の編成で演奏されたことは一度もなかった。2つのオーケストラ、3人のピアニスト、4部合唱を必要とするこの交響曲は、会場の広さと、最低でも300人以上の演奏者を必要とした。<クラリス=ド=ヴェルモン記念ホール>での初演は、演奏者と聴衆の割合は3:2くらいになりそうであった。オーケストラは、サント=ヴェロニック校の2つの学生オーケストラが担当する。オーケストラの一つはステージの上、もう一つは、ステージ下のオーケストラ=ピットの中、合唱は2階の客席全部を使っての変則的な演奏となった。そのため、指揮者が3人必要になったが、合唱指揮にはサント=ヴェロニック校のオーケストラの指導者、ルネ=ペルメーテルが担当することで、この問題も解決した。3人のピアニストには、ロベール=フランショーム、マリアンヌ=フランクと、ヴァーク=ブーランジェの妻のリリーが決まった。二つのオーケストラの指揮者は、もちろんエマニュエルとヴァークである。
 コンサートのために、この曲の一番の功労者、ゴーティエ=ド=ティエ=ゴーロワをシャンベリーから呼んでいた。その他、シャンベリーでの初演時のメンバーが何人か、オーケストラのメンバーとして参加を表明していた。その中には、もちろん、テオドール=フランクやセザール=ヴェルネといった顔ぶれがあった。さらに、亡くなった当時のコンサートマスター・スタニスワスフキー氏の代理として、親友のジョゼフ=サヴェルネがやってきていた。
 足りないものは、ただ一つだけだった。
 そこには、作曲者のクラリス=ド=ヴェルモンの姿だけが欠けていた。
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