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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第16章

第296回

 彼らが帰った後で、ロジェ=ド=ヴェルクルーズが訊ねた。
「ドクトゥール=マルロー、どうして例の毒物の話をなさらなかったのですか?」
「そういうきみこそ、どうして言わなかったのかね?」マルローが逆に訊ねた。
「ぼくは・・・」
「じゃ訊ねるが、きみはドクトゥールを疑っているのかね、ロジェ?」マルローが重ねて訊ねた。
「ドクトゥールは、そんな人じゃない!」叫んだのはコルネリウスだった。「ぼくが二人を見たとき、二人は確かに喧嘩をしていました。ドクトゥールは、パパの服の襟をつかんでいました。パパが『殴ってみろ』と言っていたのを、ぼくは聞きました・・・。ドクトゥールは、決して手をあげませんでした。彼はそんなことができる人じゃありません。そういうかたが、人殺しなんかできるでしょうか?」
 誰も何も言えなかった。
 やがて、彼らは、警察の解剖の結果を待とうと決めて部屋から出て行った。
 ドクトゥールとロジェだけがその場に残った。
「・・・パパは、殺されたのでしょうか?」やがてロジェが訊ねた。
「わたしに、かね?」ドクトゥールは穏やかな口調で訊ねた。
「いいえ、自分自身に、です」
 ドクトゥールはしばらく黙っていた。
 ロジェは再び訊ねた。「お願いです、教えて下さい、ドクトゥール。彼は、自殺したんでしょう?」
「・・・わからない。死にたがってはいたが・・・」
「わかりました。それで十分です」ロジェはうなだれた。
「・・・きみは、いくつになった?」
「14です」
 ドクトゥールは、ロジェの方に悲しげなまなざしを向けた。「彼は、きみのお母さまを心から愛していた。彼の33年の生涯の中で、彼が愛した女性は、エミリー=ド=マルティーヌただ一人だけだった・・・。わたしは、それを知っている。そして、彼は・・・死ぬ前にそう言った・・・」
 ロジェはびっくりしたようにドクトゥールを見た。
「彼は、かの女が死んだと聞いたとき、自分も生きていたくないと思ったようだ・・・。きみも、いつか、そんな恋をするようになれば、彼の気持ちをわかってやることができるんじゃないかな?」
「・・・今でもわかるつもりです。ぼくだって、恋をしたことがあります」ロジェがつぶやくように言った。
「彼が自殺したのか、本当に心臓発作で死んだのか、真実はわたしにもわからない。だけど、これだけは間違いない。彼は死ぬ直前には、生きる希望を失っていたんだ。一番大切なものが、もう、この世のどこにもなくなったから・・・」
 ロジェはうなだれた。
「・・・でも、これは、誰にも言ってはいけないよ。大人だけの秘密だからね・・・」ドクトゥールは優しく言った。「たとえ話したとしても、きみの弟たちには、まだ理解できないよ。・・・きみは、いつのまにか、大人になっていたんだね、ロジェ・・・」
 ロジェは、初めて泣き出した。ドクトゥールは、そんな彼を優しく抱きしめた。
 それから2日後、解剖の結果が出た。アルトゥール=ド=ヴェルクルーズは、心臓発作による自然死と判定されたのだった。
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