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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第16章

第299回

 二人は海岸にやってきていた。
 やがて、ドクトゥールは重い口を開いた。
「ここは、アルが小さいとき暮らしていた場所だ。彼は、海が見えるところがとても好きだった・・・」
「彼は、ミュラーユリュードが好きだったんです。ぼくもそうです」コルネリウスが遮った。
 ドクトゥールは小さなため息をついた。「プティ=ドンニィ、アルはいつでも強い男にあこがれていた。本当に強い男というのは、自分の感情のままに動く人じゃない。自分が本当にしたいということを犠牲にしてでも、義務を果たせる強い心を持った人だ。そうなるのは、とても難しいことだけどね・・・」
「ドクトゥール、ぼくにここに残れというつもりなら、聞きませんよ」
「・・・まったく、頑固なところは、父親譲りだね・・・」ドクトゥールは苦笑した。「彼は、きみに『強くなれ』と言っていたはずだ。きみは、彼に強くなったところを見せてあげなくていいの? ほかの二人にはできるのに、きみにはできないの?」
 コルネリウスは黙ったまま海を見つめていた。
「きみは、弱虫だ」ドクトゥールは同じ調子で言った。
「ミュラーユリュードに帰れるなら、弱虫でかまいません」
 ドクトゥールは、お手上げだという仕草をした。
「・・・どうして、そんなにミュラーユリュードに帰りたいの?」ドクトゥールは質問をかえた。
 コルネリウスはびっくりしたように彼を見つめた。そんなふうに聞かれるとは全く考えていなかった、という表情だった。
「ミュラーユリュードが好きだから?」ドクトゥールは重ねて訊ねた。
「ぼくは、ロッティが好きなんです」コルネリウスが言った。「かの女がいるところなら、ぼくはどこにでも行きます。かの女がここに来るというのなら、ここで暮らします。かの女がローザンヌに行くのなら、ローザンヌに行きます。もし、かの女が天国に行ってしまったら・・・ぼくも・・・」
 ドクトゥールは思わず絶句した。まさか、わずか9歳の子どもから、こんな告白を聞かされるとは思っていなかったのである。
「・・・ぼく、何か悪いことでも・・・?」コルネリウスは心配になって訊ねた。
「・・・手遅れだったな・・・」ドクトゥールがつぶやいた。「また一人犠牲者を出してしまった・・・かわいそうに・・・」
「犠牲者ですって?」
「そうだ。プティ=ドンニィ、きみの気持ちがわかった以上、わたしは、きみを連れて帰るわけにはいかない。きみは、ここに残るべきだ」ドクトゥールはきっぱりと言った。
 コルネリウスの表情がかたくなった。「いやです!」
 そのとき、遠くから人の声がした。二人ともそちらを見た。ロベール=フランショームが手を振ってこちらに向かって走っていた。
「ほら、きみを捜しに来たんだよ」ドクトゥールがコルネリウスに言った。「一緒に戻るんだ、彼と」
 コルネリウスは大きく首を横に振った。
 ロベールは、二人のところまで来ると、息を整えながら二人に挨拶した。その後、彼はコルネリウスに言った。
「みんなが心配する前に戻らないと」
「ロベールおじさま、ぼくは、ドクトゥールと一緒にミュラーユリュードに戻りたいんです。でも、ドクトゥールはどうしてもだめだと言うんです。お願いです、あなたからも、ドクトゥールにお願いしてもらえませんか?」
 ロベールはコルネリウスを見つめ、ドクトゥールの方へ視線を移した。
 ドクトゥールは首を横に振りながら、悲しそうに言った。「この子は、ユーフラジーと別れたくないそうだ」
 ロベールは即座にすべてを理解した。
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