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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第17章

第315回

 オート=サン=ミシェルの<クラリス=ド=ヴェルモン=メモリアル=ホール>では、毎月5日に、小規模のコンサートを開いていた。
 7月5日は、アレクサンドル=クールゾンの企画で、3人の子どもたちがステージに上がることになっていた。うち一人は、彼自身の娘のドリーであった。そして、彼の友人の画家フェリシアン=ペリゴールとソプラノ歌手プリシラ=リッチャレッリの間の一人娘シルヴィー=ペリゴールが留学先のロンドンから来ていた。もう一人は、もちろんシャルロットであった。
 ドリーとシルヴィーは、お互いよく知った仲だった。かの女たちは、あまりにシャルロットが小さいので驚いた。3人は、一人ずつソロで演奏し、フランソワーズ=ド=ラヴェルダンが作曲した六手連弾曲<ダイヤモンド>を演奏することになっていた。3人は、楽譜を渡された段階で、どのパートも練習してきていたが、3人は、高い方からドリー、シャルロット、シルヴィーの順でパートを決めた。実は、作曲したフランソワーズは、シャルロット、シルヴィー、ドリーとならんで演奏することを想定していたので、その順番を後で聞いて、かなり驚いたらしい。
 コンサート当日、ドクトゥールは、厳重に警備を固めさせていた。実は、彼は、前日、脅迫状を受け取っていたのである。それには、『甘い罠には気をつけろ!』と書かれていた。彼は、会場内全部を点検し、<わな>になりそうなものがないことを何度も確かめなければならなかった。当日も、ずっと舞台の袖から離れず、目立たないように客席を監視していた。
 しかし、事件は、ドクトゥールが知らないところで進行していたのである。
 ドリーがステージで演奏していた。
 シャルロットとシルヴィーは控え室で待っていた。そのとき、シルヴィーは、小さな箱をシャルロットの前に置いた。
「よかったら、チョコレート、食べない?」シルヴィーが言った。
 シャルロットはにっこり笑った。「チョコレート? まあ、うれしいわ!」
 シルヴィーが箱を開けた。中には、一つずつかわいい紙で包装された小さなチョコレートが入っていた。
「おいしそうね。食べていいの?」シャルロットはうれしそうだった。
 シルヴィーは真っ青だった。シャルロットが包み紙を開けるのを黙って眺めていたが、食べようとしたとき、思わずその手からチョコレートをもぎ取った。残りのチョコレートは、そのはずみで床に落ちて、ばらばらにちらばった。
 シャルロットは思わず泣きそうになった。「シルヴィー、どうしてこんなひどいことを・・・?」
「そのチョコレートには、毒が入っているの!」そう叫ぶなり、シルヴィーはわっと泣き出した。
「なんですって!」シャルロットも青ざめた。かの女はふるえだした。
 シャルロットは、泣きじゃくっているシルヴィーに訊ねた。「わたしを殺すつもりだったの?」
 シルヴィーは、激しく首を振った。
「じゃ、どうして、こんなことをするの? わたしたち、お友達じゃなかったの?」
 シルヴィーは泣き続けた。
「・・・いいえ、あなたは、わたしのお友達だわ」シャルロットが言った。「だって、あなたは、わたしを止めてくれたわ、チョコレートを食べる前に・・・」
 シルヴィーは思わず顔を上げた。
「こんなことをするのは、何か、わけがあったからなんでしょう?」
 シルヴィーはうなずいた。「昨日、知らない女のひとに、これを渡されたのよ。あなたにこれを渡して、って。もし、そうしなかったら、わたしのママンのスキャンダルを公表する、って言われたわ」
 シャルロットは驚いた。
「あのひと、こう言ったのよ。『これは、ただの箱じゃないわ。中味はチョコレート。ただし、毒入りのね。大丈夫、そんなに苦しまないから・・・』って。でも、わたしには、できなかった。何も知らずに、喜んで食べようとしていたあなたを、黙ってみていられなかった・・・」
「でも、わたしが食べなかったら、あなたは・・・あなたのお母さまは・・・?」
 シルヴィーは顔を上げた。「もう、そんなこと、どうだっていいわ。あなたが生きていてくれれば・・・」
 シャルロットは、思わずシルヴィーを抱きしめた。「・・・あなたには、罪はないわ。たとえあったとしても、もう、十分償いをしたわ」
「許してくれる、っていうの? 人殺しをしようとしたわたしを?」
「わたしたち、お友達じゃないの」シャルロットはほほえんだ。「これからも、ずっと」
「今度は、きっといい友達になるわ。きっとよ。約束するわ」シルヴィーも言った。
 シャルロットは、このできごとを誰にも言わなかった。ドクトゥールは、何も起こらなかったことを感謝していた。脅迫状は誰かのいたずらに過ぎなかった、と考え、ほっとしたのだった。
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