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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第2章

第30回

 その日、ウィーラントはクラリスに一人の男の話をした。同じ教授の生徒で、入学年度からいうと2年上級であるクラウス=レヴィンというスイス人のことであった。レヴィンは学校一の変わり者で、入学した年にピアノ初級と和声の1位を取って翌88年以来作曲コースに在学しているが、一度もコンクールに出たことがないのだという。しかし、作曲コースに一番長くいるだけあって、コンクールのことには一番詳しいはずだ、というのである。彼は、レヴィンから何か情報を提供してもらっては、と提案したのである。
「クラウス=レヴィンは、作曲よりもつりが好きなんだ。暇さえあるとレマン湖でつりをしているよ」彼はそう締めくくった。
 クラリスは、湖でつりをしていた青年がクラウス=レヴィンという名であることを知った。かの女は、彼と話をしてみたいと思った。
 あくる日、クラリスは久しぶりでレマン湖に行った。クラウス=レヴィンの姿は、まだ、なかった。
 かの女は、湖を眺めた。レヴィンのことなど忘れて、自分の空想の中に入った頃になって、彼はやっと現われた。
「やあ」クラウス=レヴィンは、釣り竿を持って近づきながら声をかけてきた。バリトンの深みのある声で、親しげな口調であった。「やっと来たんだね」
「やっと?」クラリスは、びっくりして訊ねかえした。
「きみを待っていた、と言ったら怒るかい? きみは、ランディ=クラスのクラリス=ド=ヴェルモンでしょう? 学校で何度か見たし、練習室できみの曲を何曲か立ち聞きしたことがある。ここ10年で一番の大物だ、とランディが話しているのを聞いたことがある。でも、この大物は、ちっともそうは見えないね」
 クラリスはあっけにとられて彼を見つめた。
「ぼくは、今年の春、ここに来ればきみに会えることを知った。それで、つりの場所をここに変えたんだ。それなのに、きみは、ここには来なくなってしまったね」
 クラリスは、思わず彼をにらみつけた。「まさか、ウィーラントをそそのかして、わたしをここに来させたんじゃないでしょうね?」
「ウィーラントだって・・・?」彼は怪訝そうにかの女を見た。「きみは、彼に聞いてここに来たの? じゃ、ぼくの名前を知っているんだね?」
 クラリスは思わず笑い出した。「そういえば、あなたはまだ自己紹介をしていないようね。でも、たぶん、あなたの名前はクラウス=レヴィンでしょう?」
 彼はほほえんでうなずいた。
「でも、どうしてわたしに会いたかったの?」クラリスが訊ねた。
「そういうきみこそ、なぜ今頃になって、またここへ来たの?」
「ただ、こんなところでさかななんか釣れるのかどうか知りたかったのよ。あなたが来るまで、ここはわたしだけの場所だと思っていたの。だから、どうして邪魔が入ったのか知りたかったの」
 レヴィンはにやりとした。「きみだけの場所・・・か。こんないいところを、独り占めしていたんだから、欲張りだと思うな」
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