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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第17章

第317回

「きみも知っているとおり、わたしたちは、命をねらわれている。わたしには、そんなに時間はないのかも知れないんだ。急いで結論を出す必要なんかないのかも知れない。でも、わたしの考えは、きみに話しておきたかった。わたしの遺言と思ってもらってもいい」
<遺言>という言葉に、アレクサンドルははっとした。
「もしも、わたしとシュリーに何かあったら・・・」ドクトゥールは言葉をつまらせた。「ド=ルージュヴィル家には、もう、きみしかいないんだ。だから、きみに、すべてをお願いしておきたかったんだよ」
 アレクサンドルは言い返した。「何かあったら、って、犯人はわかっているんでしょう? どうして警察に連絡しないの? どうしてボディーガードをつけないの? きみのしていることは、『殺して下さい』と言っているようなものじゃないの?」
「証拠がない」ドクトゥールが言った。「かの女には、いつだって、アリバイがある。わたしたちは、まるで、影に狙われているかのようだ」
 アレクサンドルは一瞬黙った。「・・・しかし、かの女以外には考えられない」
「警察は、そうは思ってくれない。そして、捜査は行き詰まっている。わたしたちは、いつでもおびえて暮らすしかない・・・」そう言うと、ドクトゥールは苦笑するように笑った。「ところで、わたしは---わたしたちは、マドモワゼル=ド=ラヴェルダンのところに行ってくる予定だ」
「母に会いに行くの?」アレクサンドルが言った。
 ドクトゥールがうなずいた。「かの女に、コンサートのお礼と、ちょっとした話があるんでね」
「きみは、ぼくの母まで巻き込もうって言うんだね?」
 ドクトゥールはほほえんだ。「いや、もともと、あなたのお母さまを巻き込んだのは、父だったけどね」
 アレクサンドルは赤くなった。
「あのとき、マドモワゼル=ド=ラヴェルダンが、プランセス=ド=ルージュヴィルになって下さっていれば、こんな苦労はしなかったのに・・・」ドクトゥールがため息をついた。
「母には、公爵夫人なんていう称号は似合いません」アレクサンドルが言い返した。
「いいえ。かの女ほど、それが似合う女性はいませんよ」ドクトゥールが言った。「だからこそ、父は、かの女にプロポーズしたんだよ。父には、人を見る目があった・・・そう思わない?」
 アレクサンドルは肩をすくめた。その話は、それっきりだと思われていた。
 しかし、ドクトゥールは、ブーローニュ=シュル=メール行きを決めていた。彼が旅行の準備を始めたことを知っているのは、研究所ではアンブロワーズ=ダルベールだけだった。だから、準備を終え、全員を集めて話を始めたとき、ほとんどの人が驚いたのである。
「今度の旅行は、フランソワーズ=ド=ラヴェルダンのお見舞いで、ごく個人的なものなので、ロッティだけを連れて行くことにした」
 この決定を聞き、二人が残念そうな声を上げた。
「ぼくは連れて行ってもらえないの?」コルネリウスが言った。「どうしても、だめ?」
「車は、二人乗りなんだ。ロッティは膝に乗せられるけど、大きい人はだめだ」ドクトゥールが言った。
「ドンニィが行かないなら、わたしも行かない」シャルロットが言った。
 ドウトゥールはシャルロットをにらみつけた。「今度の旅行は、ド=ラヴェルダン女史に、この前のコンサートで演奏した曲のお礼を言いに行くんだ。だから、ついていってもらう」
「わかったわ、ペール=トニィ」シャルロットは言った。そして、コルネリウスの方を向いた。「ごめんなさい、ドンニィ。でも、わたしたち、すぐに帰ってくるわ。ほんの少しだけ、いなくなるだけよ」
 コルネリウスは下を向いた。諦めなくてはならないことはわかっていた。ただ、納得できなかった。
 もう一人、アンブロワーズ=ダルベールがねばった。「ぼくを連れて行って下さい、ドクトゥール。運転はやりますから・・・」
「やめておきなさい、アンブロワーズ」ブリューノ=マルローがたしなめるように言った。「きみは、そんなに長い距離を運転したことはないんだろう?」
 彼が言うことは、いつでももっともであった。アンブロワーズは、そう言われれば返す言葉はなかった。
「・・・それで、いつ出かけられるのですか?」アンブロワーズが訊ねた。
「あさって、12日にね」
 子どもたちが出て行くと、研究員たちは、ドクトゥールが留守の間の研究計画について話し合った。彼らが出て行った後、ドクトゥールは、ルネ=フェリーを呼んでくるようにとマクシミリアン=シュミットに依頼した。
 シュミットが出て行くと、アンブロワーズ=ダルベールがドアから顔を出した。
「ドクトゥール・・・」
 ドクトゥールは振り返った。「アンブロワーズ、まだいたのかね?」
「ええ・・・ちょっと気になって・・・」アンブロワーズは、そう言いながら中に入った。
「いったい、何が?」
「あなたは、研究者として、勘に頼ってはいけない、とよく言われます。ぼくも、その通りだと思います。ですから、こんなことを言うと笑われそうなんですが・・・」
 ドクトゥールは目をつり上げた。「つまり、何が言いたいの、アンブロワーズ?」
「・・・あの・・・何かよくない予感がするんです」アンブロワーズは思いきって言った。
 ドクトゥールはちょっと驚いたが、すぐに笑い出した。
「今度の旅行についていけないので、いやがらせをするつもりじゃありません。ただ、何となく気になるんです」
「考えすぎだよ、アンブロワーズ。そんなことより、勉強のことでも考えなさい。きみは、ちゃんと勉強して、立派な研究者にならなくてはね」
 アンブロワーズはうなずいた。「ええ、ドクトゥールに負けないように、立派になります」
 そのとき、シュミットとルネ=フェリーがやってきた。
「頼んだよ、アンブロワーズ。きみは、将来、ここの中心人物として、研究員たちをまとめていく人だ。きみには、しっかりしてもらわなくちゃ困る」
 アンブロワーズはほほえんだ。それが、ドクトゥールの遺言になるとは知らずに・・・。
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