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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第2章

第32回

 クラリスが驚いていると、ウィーラントは続けた。
「今年の課題は、ピアノ五重奏曲だよ」
「ピアノ五重奏曲?」クラリスは首をかしげた。「・・・わかったわ、シャルル=ドルブランを卒業させたいワケね」
 ウィーラントは笑い出した。
 作曲コース最年長のドルブランは、室内楽曲が得意である。あながちうがった見方でもないだろう、とクラリスは思っていた。
 笑い終えると、ウィーラントは真面目な顔をした。「だけど、ぼくは室内楽は得意じゃない」
 ウィーラントにとっても、最後のコンクールであった。
「あきらめるなんてあなたらしくもない、ウィーリー」クラリスが言った。「あなたには、きっとできるわ」
「クラリス、なぐさめはいらないよ」
「何言ってるの! あなたは自分に負けようとしている。コンクールは、自分との戦いじゃないの。自分に負けたら、曲なんか書けないわ。自信を持って!」
 ウィーラントは目を伏せた。
「今晩一晩考えたら、きっと元気になるわ。そうだ、ねえ、ここで何か弾いていって、ウィーリー」クラリスは、目の前のピアノを指さした。
 ウィーラントは、ピアノの前に座り、即興でもの悲しい曲を弾き、黙ったまま出て行った。かなりショックを受けているらしい、とクラリスは思った。
 突然、となりの練習室から<ヴァルキューレ>が聞こえてきた。
 クラリスは、ワーグナーが嫌いだった。かの女の最初の師セザール=メランベルジェがよく言ったものだ。『自分らしさというものを身につけるために、多くの作曲家の作品からいろいろなことを学びなさい。ただし、ワーグナーだけはやめなさい。ワーグナーの作品は、かならずきみらしさをこわしてしまうに違いないから・・・』
 クラリスは、ワーグナーやワグネリアンの曲をよく聞かされた。フランソワーズ=ド=ラヴェルダン自身はあまりワーグナーに影響されなかったが、フランソワーズの友人たち、たとえばエドゥワール=ロジェとその仲間たちはワグネリアンとのつきあいがあり、フランソワーズ自身も友人たちとワーグナーを演奏したりしていた。クラリス自身は、ワーグナーが嫌いなベルナール=ルブランに作曲を学んでいたので、家の中でワーグナーが演奏されるのを聞くのは、あまり好きではなかった。ワーグナーの曲は、魅力的であった。魅力的すぎるくらいであった。クラリスは、メランベルジェの忠告の意味がわかるような気がしていた。子どもなりに、「今は、ワーグナーを聞くときではない」と理解していたのである。
 意識してワーグナーを閉め出しているうちに、かの女は本当にワーグナー嫌いになっていた。
 かの女は、「ヴァルキューレ」が聞こえないくらいの音量で、「幻想交響曲」を弾き始めた。
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