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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第2章

第33回

 その日の夕方、クラリスはレマン湖に行った。
 クラウス=レヴィンは、すでに釣り竿をセットして、その横に座っていた。ただし、彼はつりをしていなかった。スケッチブックに向かって、何かを書いていたのである。
 クラリスははっとした。かの女は彼に見つからないうちに引き返そうとした。しかし、彼はもう気づいていた。
「クラリス! こっちにきて座ったら?」
 クラリスは引き返してきて、彼のそばに座った。
「どうして帰ろうとしたの?・・・ああ、これ?」彼が言った。「そうさ、このクラウス=レヴィンも、やっとコンクールに出ることにしたってわけさ。よかったら、見てくれないか?」
 クラリスは手渡されたスケッチブックを開いた。「構想を練っていたのね?」

  

ピアノ五重奏曲
     第一楽章・・・アレグロ 序奏なし ヘ短調、4分の4拍子。ソナタ形式、コーダ付
     第二楽章・・・ラン=トレ=エクスプレッシフ~アレグレット 三部形式
     第三楽章(フィナーレ)・・・モデラート 序奏付き ヘ短調~ヘ長調 ロンド形式
                     (または、ロンド=ソナタ形式)



「まあ、こんなものだ」
「あまり面白くないテーマね」クラリスが文句を言った。「誰が考えたかわからないけどね。あなたは、アレグロで曲を作るつもりなのね。わたしは、このテーマでゆっくりの序奏を考えていたのよ。チェロのソロでね」
「ふうん・・・じゃ、まったく違う曲になるね」彼は、たいしておもしろくもなさそうな口調で言った。
「今までコンクールに参加しなかったのは、室内楽を出題されるのを待っていたから?」
 彼は首を横に振った。「ぼくが21歳になったからさ」
 クラリスが不審そうに見つめると、彼は続けた。「知ってるだろう、コンクールを受けるのは、6月15日現在23歳未満の学生に限る、ってきまりを? 今年失敗しても来年受けられる、という最後のチャンスなんだ。せっぱつまっているほうが、よく書けるからね」
「五重奏曲は得意?」
「そうでもないけど、苦手でもないよ。今年の1位はドルブランときみだ、って噂だよ」
 クラリスは首を横に振った。「わたしはだめよ。ランディににらまれているし」
「じゃ、なぜコンクールに出るの?」
「いつまでもここにいられないから・・・。ランディにも、二度目の拒否権はないわ。だから、来年のために、今年の受験が必要なのよ」
「クラリス=ド=ヴェルモンは、ここに来る前から作曲家だったものね」
 この年は、結局、作曲コースの一位は誰もいなかった。
 これで、89年に入学した通称「89年組」の在学生は5人になった。作曲コースのクラリス、ピアノ上級コースのアレクサンドリーヌ、リディア、ナターリアの3人組、そして指揮コースのエマニュエル=サンフルーリィである。エマニュエルは、クラウス=レヴィンと並んで、音楽院の最年長者(というのは、1893年6月15日現在21歳の人をさす)であり、彼ら全員が、次回のコンクールが在学中最後のコンクールとなるのである。
(次回といっても、21歳の二人以外は、「来年」が2回目とは限らないわけであるが・・・。)
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