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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第19章

第344回

 まもなく、ドアをたたく音がした。
「お入り」公爵はドイツ語で言った。
 黒に近い茶色のふさふさとした髪をした背の高い男が入ってきて、大きく背を曲げてお辞儀をした。
「勉強の途中、すまないね、ヘル=エッフェンベルガー」
「いいえ、とんでもありません。何かご用ですか?」
 公爵は、シャルロットを家庭教師に引き合わせた。挨拶が終わると、公爵はエッフェンベルガーにこう言った。「今後は、この子の勉強も任せたい。立派な教養ある貴婦人にして欲しい」
「かしこまりました」
「カリキュラムは後で相談することにして、さっそくだが、この子の力を見てくれないだろうか?」
 家庭教師はうなずき、シャルロットに声をかけた。
「シャルロットお嬢さま、わたしは、ヘルマン=エッフェンベルガーと申します。これから、少しドイツ語でお話ししたいのですが、ドイツ語はおできになりますか?」
「話すだけならできます」シャルロットはドイツ語で答えた。「でも、あまり上手じゃありませんが・・・」
「話すだけなら、ということは、書くのは苦手なんですか?」
「まだ、文字を書いたことはないんです。数字はちょっとだけ習いましたけど・・・」シャルロットは赤くなった。「でも、読むことならできます」
「書けないんですって? そんなに上手に話せるのに?」
「祖母は、わたしに教育をしてくれませんでした。まだ、勉強を始める年じゃないと思っていたんです。でも、いとこが、よく学校に連れて行ってくれたし、勉強を教えてくれました」
「勉強ですか」家庭教師が言った。「たとえば、どんな?」
「たとえば、算数とか・・・」
「14+7とか?」
「14+7=21ですね。14-7=7、14÷7=2、14×7=98・・・」シャルロットがちょっと考えてから言った。「もう少し難しいものもできます」
 家庭教師は、テーブルの上にあった紙に直角三角形の図形を書き、シャルロットに辺の長さ、角度、面積を訊ねた。そして、5歳の子どもがピタゴラスの定理を理解していることに驚いた。
「あとは、何を知っているの?」公爵が訊ねた。
「いとこが、歴史を少しだけ教えてくれました」
「歴史、って、フランスの?」ナターリアが訊ねた。
「ヨーロッパの歴史です、ポーランドを含めた・・・」
「ブローニャ」公爵は真面目な顔をした。「ポーランドについて、どのくらい知っているの?」
「ピアスト王朝、ボレスワフ=フローブルィ・・・」シャルロットは言い始めた。
 公爵は途中で遮った。「今、地球上には、ポーランドという国はない。わたしたちは、ロシア領のポーランドにいる。わたしたちは、ポーランド語を話すことさえ禁じられている」
 シャルロットははっとした。
「わたしは、それに対するささやかな抵抗として、おまえにはロシア風ではなく、オーストリア風の教育を受けさせようと思っているのだ。わたしたちは、ロシア人じゃないのだから。彼は、オーストリアの出身だ。そして、彼は、これからずっとおまえの先生となるのだ。わかったね?」
 シャルロットは黙ってうなずいた。
「わたしは、ヘル=エッフェンベルガーに話がある。席を外してくれないか?」公爵は妻と娘に言った。
 ナターリアは、シャルロットの手を取り、部屋から出て行った。
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