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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第19章

第346回

 ヴァレリアン=ブルマイスター=ヴィエジェイスキーは、妻のマリアと一緒にナターリアを訪ねた。
 コンチェルトがいきなり始まったとき、彼らはちょうどドアのところにいた。二人は、ヴァイオリンの音があまりにも透明な感じがすることに驚いた。ヴィエジェイスキーは、子どもの頃のウワディスワフがこんな弾き方をしていたことを思い出した。
 彼が初めてウワディスワフと会ったとき、ウワディスワフはまだ7歳だった。ウワディスワフは、初めてのレッスンのとき、このコンチェルトを弾いた。たまたま部屋に残っていたヴァレリアンは、その演奏を聴いてびっくりした。ヴィエニャフスキーは、小さな男の子が自分のコンチェルトを弾き出したのに驚いたが、同時に不満を抱いてもいたようだ。ヴィエニャフスキーは、ウワディスワフの演奏を途中で遮らず、最後まで聞いたが、曲が終わったとき、一言こう言った。『坊や、この曲は、きみにはまだ早すぎるよ』・・・それを聞いて、ウワディスワフは本当にがっかりしたような顔をしたっけ・・・。レッスンが終わった後、ヴァレリアンはウワディスワフを追いかけた。彼が追いつき、肩をたたくと、ウワディスワフは振り返った。『きみって、ヴァイオリンが上手なんだね』ヴァレリアンが声をかけると、ウワディスワフは嬉しそうに笑った。『ありがとう、慰めてくれて・・・。きみって、親切な人なんだね』
 今聞こえてくるのは、あのときの少年の演奏とそっくりだった。しかし、そっくりなのは演奏のスタイルだけで、音は似ていなかった。ウワディスワフは大胆な演奏をする人だった。今聞こえる演奏は、あきらかに女の子の演奏だ。繊細で、優しくて、甘い響きがした。まるで、天使のささやきのようだ・・・と彼は思った。
 ヴィエジェイスキーは、早く子どもの姿が見たかった。演奏中であったが、彼はドアを開けた。
 部屋の中は、まるでステージのようだった。薄暗い部屋の中で、ピアノのまわりだけが夕日で明るく輝いていた。女の子を見るまで、彼は何となく子どもが父親似だと思っていた。女の子が、子ども時代のウワディスワフにあまりにもそっくりな演奏をしているからだったかも知れなかった。彼が初めて会った頃のウワディスワフは、背が高くてすらっとしていた。7歳だったが、実際の年より年上に見えた。3歳年上のヴァレリアンと同じくらい身長があったのだ。しかし、彼の目の前でヴァイオリンを弾いているこの女の子は、5歳という年齢にしてはちいさくて、ウワディスワフよりむしろナターリアにそっくりだった。子どもの頃のナターリアは恐らくこうだったろう、と思えるような子どもだったのである。
 ヴィエジェイスキーは、女の子のところまで行くと、右手をつかんで演奏をやめさせた。
「きみには、まだ、この曲は早すぎるよ。右手の使い方をきちんと覚えてからにしなくてはね」彼は、気がついたとき、かつてのヴィエニャフスキーと同じことを言っていた。今の彼には、師が正しかったことがよくわかっていた。当時のウワディスワフがいかに不当に思おうと・・・。
「ヴァレック! 何てことを! 相手は、まだちいさな子どもよ!」マリア夫人は本気で怒った。
「この子は、普通の5歳の女の子じゃない。甘やかしたら、せっかくの才能が台無しになってしまう!」ヴィエジェイスキーが言い返した。
 ナターリアとシャルロットは驚いて二人を見つめた。
 やがてナターリアは二人のところに行って挨拶し、シャルロットを正式に紹介した。
「・・・なるほど、アンヌ=スタニスワフスカ門下なんだね。きみは、いつからヴァイオリンを勉強しているの?」ヴィエジェイスキーが訊ねた。
「8月からです」シャルロットが答えた。
「8月って、今年の8月?」彼が驚いて確認した。
「ええ、先月です」シャルロットが言い直した。
「驚いた、まだ2ヶ月目で、ヴィエニャフスキーを弾くなんて!」ヴィエジェイスキーは、びっくりしたと言うより、半ばあきれてシャルロットを見た。「しかも、あんな美しいトーンで・・・」
---もしかして、この子は、ウワディスワフ=スタニスワフスキー以上の大物ではなかろうか? もしそうなら、この才能をできるだけ伸ばしてやりたいものだが・・・。
「ナターシャ、わたしにこの子を任せて欲しい。この子は、ウワデク以上のヴァイオリニストになれるだろう」ヴィエジェイスキーは、ナターリアに言った。
「そんなの、だめに決まってるでしょう? この子は、ウワディスワフとは違うのよ。かの女は、チャルトルィスキー家のお嬢さまなのよ」マリアが夫に言った。
「そうね、アントーニがそれを望んでいるとは思えないわね」ナターリアも言った。「でも、ヴァイオリンのレッスンをするだけなら・・・。もしブローニャがヴァイオリンをやりたいというのなら、わたしはあなたにお任せします」
 ヴィエジェイスキーは、シャルロットに訊ねた。「ヴァイオリンを続けたい?」
「ええ」シャルロットが答えた。
「ヴァレリアンは、恐い先生よ。ついていける?」マリア夫人が口をはさんだ。
 シャルロットはにっこりした。
「わたしは、途中でくじける子どもは嫌いだ。それから、泣く子は嫌いだ。それを忘れないでくれ」
「はい」シャルロットが答えた。
 こうして、シャルロットはヴァレリアン=ブルマイスター=ヴィエジェイスキーの弟子となった。
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