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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第19章

第350回

 ヴォイチェホフスキーは薄く目を開けた。彼は、公爵にユーレックと呼ばれたのは久しぶりだと思った。
「アンテックさま・・・」彼はほほえみを浮かべた。「・・・奥さまは?」
「こんなときに、人の心配かい?」公爵は彼を抱き上げて、無事だった馬車まで運んだ。そして、ポニァトフスキーとナターリアに言った。「ヴォイチェホフスキーを病院まで連れて行く。ナターシャ、きみも乗った方がいい」
「わたしの怪我なら、病院に行かなくても大丈夫よ。それより、早く、ヴォイチェホフスキーさんを!」ナターリアが言った。
「ナターリアおばさまは、わたしがあとで送ります」ポニァトフスキーもそう言った。
「わかった、ありがとう、サーシャ。ここは、お願いするよ」公爵は、馬車のドアを閉めた。
 二人は、それをぼんやりと見送った。あたりがまた静かになった。コンサートはまだ終わっていなかったので、人影もまばらだった。
「・・・狙われたのは、アントーニなの?」
 ポニァトフスキーがうなずいた。
「どうして? なぜ彼のようないい人が、殺されなければならないの?」
「政治をする人には、敵が多いものです」ポニァトフスキーは淡々とした口調で言った。
「あの人は、敵を作るような曲がったことなんかできない人ですのに・・・」
「そういう人だからこそ、狙われるのです。ナターリア、政治家というのは、正直なだけではだめなのです。彼には、ずるさというものがないのです。それは、政治家としては、大きな欠点です」
 憲兵たちが、一人の男を後ろ手に縛って連れてきた。そのうちの一人が、ポニァトフスキーに言った。
「一人だけは捕まえました。ユダヤ人です」
 その青年は、白い目をむき出しにしてポニァトフスキーをにらみつけていた。
「名前は?」ポニァトフスキーは、ロシア語で訊ねた。
 彼はポニァトフスキーを蔑むように見た。しかし、何も言わなかった。
「名前は?」ポニァトフスキーは、今度はドイツ語で訊ねた。
「オーレリアン=ジェルマン」男ははきすてるように言った。
「どうせ、本名ではあるまい」ポニァトフスキーがドイツ語で言った。「ドイツ語はわかるようだな。何のためにあんなことをしたのだ?」
「あんたなんかに、言うものか」
「おまえと一緒にいたもう一人の男の名前は?」
「言うものか!」
 ポニァトフスキーは、ポケットから折りたたみ式ナイフを取り出し、ゆっくりと開いた。そして、彼は左手で男の襟首を持ち、右手でナイフを持ち、そのナイフを彼に首にあてて言った。
「さあ、言うんだ! おまえと一緒にいたのは誰だ?」
 男は、ポニァトフスキーの目に狂気が浮かんでいるのを見た。彼はうろたえていた。
「・・・知るものか!」
 ナターリアは思わず目を背けた。かの女には、ポニァトフスキーの急激な変化が信じられなかった。そして、目の前のこの風景を見ることに耐えられそうもなかった。かの女は叫んだ。
「お願い、もうやめて、アレクサンドル!」
 夢中で男を問いつめていた彼には、何も見えなかった。彼は、脅迫を続けた。
「さあ、誰なんだ、おまえと一緒にいたのは?」
 男はうめき声を上げた。
 ナターリアは、耳をふさいで何も聞くまいとしていたが、もう、限界だった。かの女は、叫び声をあげ、気を失った。
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