FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第20章

第363回

「少年は、恐ろしい顔つきになって、わたしを殴りました。オーレリアンは、彼を止めませんでした。わたしは、気を失って倒れていました。気がついたとき、体が縄でがんじがらめに縛りつけられていました。誰も来てくれなかったので、一人で縄を解かなければなりませんでした。わたしは、とにかく、レシェクに知らせようと思いました。すでに夜の7時になっていて、チャルトルィスキー家の人たちはもう出かけてしまったと知らされましたので、わたしはホールに向かったのです。でも、あの人混みの中で、チャルトルィスキー公爵を見つけることは困難でした。そうしている間に、あのようなことになってしまったのです・・・」
 ミリアムの声はふるえていた。「わたしは、オーレリアンが捕まったのを見ました。そして、ポニァトフスキー伯爵が、オーレリアンののどにナイフを突きつけたのも見ていました。・・・止めることも、泣くこともできず、ただ脅えて見ていました・・・。そのあと、レシェクに会うことはありませんでした」
 公爵は、ちょっとためらってからこう言った。
「・・・そして、ポニァトフスキーがレシェクを連れてわたしの部屋に来た。ポニァトフスキーは、レシェクが今度の事件にからんでいる、と言ったが、わたしは彼らを追い返した。レシェクを疑うだけの証拠がなかったからね。その日の夜、彼は自殺した。疑いを晴らすために、彼は死を選んだんだ」
 ミリアムは黙って彼を見つめた。抗議しているような目だった。
「許して欲しい。わたしは、きみのことを全然知らなかった。レシェクの花嫁としてきみにもっと早く会っていたら、わたしは、彼を疑ったり・・・いや、彼は死なずにすんだだろう。そして、オーレリアンを死なせずにすんだかもしれない。でも、すべてが終わってしまった。許してくれ」
「オーレリアンのことは、諦めています。彼も死ぬでしょう」
「しかし、きみは生きなければならないよ、ミリアム」
 公爵の言葉を聞いて、ミリアムの両眼から涙があふれてきた。
「わたしが、どうして生きなければならないんですか?」
「生きなければならないんだ」公爵は繰り返した。「苦しいからこそ、生きなければならない。---ヴォイチェホフスキーを見ただろう? 人間は、本能的に、いつも生きようとしているんだ。しかし、そのために苦しまなければならないこともある。生きていれば、たぶん、いいことがあるだろう。もし、なかったとしても---苦しいだけで終わっても、それが人生というものだ。ミリアム、わたしは、これまで63年間生きてきた。楽しいことだけじゃなかった。いつも何かに脅えていなければならなかった。それでも、生きることが自然に従うことだから、生きてきたのだ」
「生きることがすばらしいことだとは思えません」
「じゃ、死ぬことは美しいことか? 決してそんなことはない」公爵は初めて厳しい調子で言った。「わたしは、必ず、フェリックス=ザモイスキーに再び狙われるはずだ。今度こそ殺されるかも知れない。それでも、わたしは、人生を諦めたりはしない」
 ミリアムはうなだれた。
「人生はやり直しがきく。特に、きみのような若い人にとってはね。鉛筆で書いた文字のようなものだと思っていい。だが、死んでしまったら、もう生き返ることはないのだからね」公爵はまた穏やかな調子に戻って言った。「覚えておいで。人を殺す人間は、一番罪深い。その対象が他人であっても・・・自分自身であってもね。それは、生きようとする本能に逆らうものだからだ」
 ミリアムは再びひざまずいた。
 公爵は、レシェクの墓の前でひざまずいたままうなだれているミリアムを残して、静かに去っていった。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ