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年代記 ~ブログ小説~ 

「日記」
備忘記録的なもの

あたらしい、というか、さいごのというか

いよいよ、第二部の最後の章がスタートし、テンプレートも一新しました。
何度も書いているとおり、第56章は、1913年8月5日~6日の二日間の出来事です。にもかかわらず、ナビは最小限度の表示としました。(2回しか変えないなんてずるい?)


ずっとこの小説の読者だった方には「余計なお世話」的解説ですが、第56章の背景を説明します。


隣町にあるサル=ド=コンソナンス(クラリス=ド=ヴェルモン記念ホール)では、作曲家クラリス=ド=ヴェルモンの月命日(命日は3月5日です)にちなみ、毎月5日にコンサートを行っています。このコンサート自体は、亡くなったクラリスの友人たちを中心とする<実行委員会>によって毎月行われており、今では指揮者として多忙な生活を送っている夫のエマニュエルの手を離れ、独立したコンサートとなっています。妻と子を失ったあと、エマニュエルはむしろ多忙な生活を送ることを選び、ほとんど家には寄りつきません。オフシーズンとなった7月、彼は久しぶりに家に帰り、8月5日のコンサートの出演者からミュラーユリュードにポーランド人天才少女ピアニストがいるという噂を聞きます。そして、その少女のことを調べさせます。その少女が音楽院の同期生ナターリア=スクロヴァチェフスカの娘であり、クラリスの弟のところで<療養生活>をおくっていると知り、5年ぶりで研究所を訪れます。ところが、その少女に会い、あまりにもクラリスにそっくりなのに驚きます。彼は、いつかは少女と一緒に舞台に立ちたいと思いながら、『コンサートには白い服を着て下さい』と依頼します。

さて、コンサート当日(8月5日)、シャルロットはポーランドからの客人を迎えます。

シャルロットは、1907年7月、乗っていた車が崖から落ちるという事故に遭い、一度は死んだとされました。その崖は、そこから落ちた人の6割は遺体さえ見つからないという<自殺の名所>で、伝説通り一緒に車に乗っていた3人のうち遺体が発見されたのは、運転手のルネ=フェリー(2年3組のドニ=フェリーの父親)だけでした。
(ちなみに、車に乗っていた最後の人物も無事に生き残っています。今日一緒に出てくる<ドクトゥール>がその人です。)
シャルロットは、記憶を失って海岸に流れ着き、名ヴァイオリニスト・ウワディスワフ=スタニスワフスキーの母親に助けられました。そして、ウワディスワフの娘としてポーランドに送られることになったのです。ウワディスワフの妻であったナターリアは、夫の死後、政治家アントーニ=チャルトルィスキーと再婚していました。そのチャルトルィスキーは、何度も暗殺未遂事件に巻き込まれていて、シャルロットにもボディーガードをつけました。それがユゼフ=ユリアンスキーだったのです。ポーランド時代のシャルロットは、彼と、その息子であり学友でもあったエドゥワルド=ユリアンスキーに助けられて過ごしました。ところが、チャルトルィスキー一家が乗った馬車が爆破され、乗っていたシャルロットも足に大けがをしてしまいます。新しくチャルトルィスキー家の執事となったユゼフ=ユリアンスキーは、シャルロットのため、チャルトルィスキー家を乗っ取ろうとしていた甥のアレクサンデル=ポニァトフスキーと対立しながらも、かの女の足を治せるという医者がいるフランス行きを勧めました。かの女の音楽教師たち(特にピアノ教師のボレスワフ=ステファンスキーとヴァイオリン教師のヴァレリアン=ヴィエジェイスキー)は、かの女が有名なヴァイオリニスト・ジョゼフ=サヴェルネの元で勉強を続けるようにとはげまし、シャルロットはフランス行きの船に乗りました。

シャルロットは、ポーランドの人たちと文通を続け、ポニァトフスキー伯爵が態度を軟化させつつあることを知っていました。そして、彼が最終的にはチャルトルィスキー公爵と名乗ることを引き換えに、チャルトルィスキー氏の遺産のほとんどをシャルロットに相続させる方向で動いていることをあらかじめ知っていました。ただ、伯爵が正式に弁護士を立ててくるだろうとは想像していたのですが、ユリアンスキー氏が一緒に来るとは予想していませんでした。さらに、恩師ボレスワフ=ステファンスキーが亡くなったという知らせは、これまで誰からも耳にしていない情報でした。それを知ったシャルロットは、とんでもない行動に出ることになります・・・。


その<とんでもない行動>が引き起こす出来事が第56章の主な中味なのですが、この章を持って<シンデレラ=ストーリー>が幕を閉じることになります。
(シンデレラで思い出したのですが、あと、一つだけ。何となく書き忘れてしまっておりますが、1913年8月6日現在、ナターリア=スクロヴァチェフスカ=チャルトルィスカは、人工呼吸器を取り付けられたままワルシャワで健在(?)にしております。)
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#27[2011/09/03 08:17]     

Re

無事に解決いたしました。
どうもありがとうございました。
#28[2011/09/03 18:01]  cambrouse  URL 














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