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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第20章

第371回

「おはよう、ヴォイチェホフスキーさん」シャルロットが声をかけた。「いいお天気ね。でも、ずいぶん外が騒がしいんだけど、何かあったの?」
 ヴォイチェホフスキーは、白髪をゆっくりなで上げるようにしながら言った。「ポニァトフスキー伯爵さまがおいでになりました。それで、あの・・・実は・・・お話ししていいものかどうか・・・ポニァトフスキー伯爵さまの栗毛が、門のところで撃ち殺されたのです。それで、あのような騒ぎになっているんです」
 シャルロットは小さなため息をついた。「ありがとう、ヴォイチェホフスキーさん」
 彼は、頭をゆっくりと上下にふりながら去っていった。
 シャルロットは、下の客間に行こうとは思わなかった。混乱している現場に行っても、邪魔にされるだけである。かの女は、まっすぐに書斎に向かった。いつものように、家庭教師のエッフェンベルガーがくるまでの間、好きな本でも読んでいようと思ったのだった。
 かの女は、表紙に何も書いていない本の一つを手に取った。それは、ポーランド語で書かれた本だということを意味していた。ポーランド語の本を持つことも禁止だったので、外から見ただけではわからないようにしておく必要があったのだ。そんなことを考えるのは、たいていヴォイチェホフスキーだった。彼は本が好きだった。おそらくチャルトルィスキー公爵より、ここの本には詳しいはずだ、とシャルロットは本気で思っていた。
「ブローニャ、いる?」ノックとドアが開くのと声がかかったのがほぼ一緒だった。こんな入り方をするのは、フェリックス=オルシャンスキーしかいない。
「いるわ。どうしたの、フェレック?」
「チャルトルィスキー公爵さまからの伝言」フェリックスは、そう言うと、顔まで公爵そっくりにまねてこう言った。「『今日は、エッフェンベルガーくんはお休みだ。おまえたちに、自由行動を許す。ただし、建物の外には出ないこと』---じゃ、よい一日を!」
「ありがとう、フェレック」
 ドアが閉まる音がした。シャルロットは本を片づけて、部屋を出た。好きなことをしてもいいのなら、ここにいてもしょうがない。
 部屋を出たところで、エドゥワルド=ユリアンスキーに会った。かの女は、フェリックスからの伝言を聞いたかどうか訊ねると、彼は知っていると答えた。
「じゃ、どうしてここに来たの?」
「ここにいると、勉強する気になれますから」彼が答えた。
「エデックって、本当に勉強が好きなのね!」シャルロットは、尊敬を込めたまなざしで彼を見つめた。
 彼はほめられて真っ赤になった。シャルロットは、ぼうっとしていた彼を残して去った。
 彼らは、今では遊び相手ではなかった。14歳のエドゥワルドは、自分の中途半端な立場が気に入らなかった。もっと小さければ、かの女の遊び相手になれただろうし、もっと大きかったら、ボディーガードがつとまったはずだ。彼の父親のように。しかし、今の彼は単なる勉強相手だった。彼は、4年前のあの事故以来、心が揺れていた。タデウシ=クルピンスキー医師は、勉強が好きな彼に、もし医者になりたいのなら力になると約束していた。父親は、射撃を教えようとしたし、ヴォイチェホフスキーは自分の跡継ぎとして訓練したいと言っていた。彼は、自分が医者になりたいのか、ボディーガードをしたいのか、それとも執事になりたいのか、よくわからなかった。それでも、彼はヴォイチェホフスキーがうらやましかった。彼には、命をかけて守りたい人がいて、その人からも絶対的な信頼を受けている。当然、彼が思い描くのは、公爵の娘であるシャルロットだ。彼は自分が年を取ったときのことを考える。ヴォイチェホフスキーくらいがいいだろうか。彼は、白衣を着た自分と、背広を着た自分を思い描いた。しかし、なぜかシャルロットだけはどうしても年を取らない。せいぜいナターリア夫人くらいの年のかの女しか思い浮かばない。彼の目の前で、シャルロットが襲撃される。ボディーガードとしての彼は、かの女を犯人から助け出せずに苦しみ、医者としての彼は、かの女の怪我のひどさに当惑し、執事の彼は、かの女をかばいきれないことを悲しんでいた。想像の中でも、彼は中途半端なのだった。もう少し時間があれば、決心がつくだろうか? 結局、彼には勉強するしかなかったのだ。そんな気持ちであるとは夢にも思わないシャルロットにあんな風に言われて、彼は戸惑っていた。
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