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年代記 ~ブログ小説~ 

「日記」
備忘記録的なもの

遅ればせながら、連載5年目に向けてのご挨拶(今頃?)

毎年しつこく繰り返していますが、連載開始の3月5日というのは、主人公の母親クラリスの誕生日であり、命日でもあります。
以前、クラリスのモデルが3人いる、と書いたことがあります。うち2人が故人だと書いた記憶もあります。
最近発表になった部分を見ながら、その一人(クラリスBさん=仮称)が亡くなった頃、このあたりを下書きしていたっけ・・・なんて思いました。


第1381回からこの章の終わりまでは、ブログオリジナル部分です。
(原作では1つの章だったものを二つに分け、間に別の話をはさんだので、第1380章までとそれ以降では、少し印象が違うように感じられると思いますが、正解です。前半と後半は、全く別の話です。)
クラリスBさんが亡くなった頃に書かれたこの部分、お別れの言葉・・・に見えるのは、たぶん気のせいではありません。特に、第1386回のクラウスのせりふは、クラリスへの送別の言葉であると同時に、当時の自分の気持ちでした。


「そうだ。あなたの言葉は正しい。今日、わたしたちは、クラリスの本当のメッセージを聞いたんだ。クラリスは、昔から強い女性だった。まるで、ひまわりのようにまっすぐ天に向かって伸びて、そして大きな花を開く。かの女は、そんなひとだった・・・。わたしたちは、生きている間に、これからも何度も悲しい別れを迎えることだろう。だが、何度別れの時を迎えても、また前を向いて歩いて行かなければならない。<悲しき歌>・・・だったかな・・・クラリスは、わたしたちに、この音楽を通じてそれを伝えたかったんじゃないかな・・・。きみに会えて、本当によかった。きみのような女性に一度でも愛されたことがあるのは、本当に幸運なことだった・・・」



***********


(これを書いた3年前ではなく)今になってこれを読み返したとき、思い浮かんだのはクラリスAさんのほうでした。
くどいですが、かの女も故人です。Bさんが先輩だったのに対し、Aさんは同級生でした。前にも書きましたが、スヌーピーの大ファンで、いろいろとスヌーピーのことを教えてもらいました。中でも、こんな話が記憶に残っています。

作家を目指すスヌーピーは、必ず小説を『まっ暗い嵐の夜だった』と書き始めるのだとか。スヌーピーの友人曰く、『まっ暗い嵐の夜だった』から始まる小説は売れないのだという。漫画の中にそんなエピソードがあるんだそうです。

クラリスAさんは、『カムちゃん、小説の書き出し、それにしたら? どうせヒットしないんだから』とよく言っていたものです。当時、かの女の言うことには笑って耳を傾けませんでした。ただ、小説の出だしをどうするのかだけはずっと迷っていて、Aさんが知っていた《悲しき歌(第一稿)》は、クラリスのお葬式の場面から始まる話だったはずです。それが、紆余曲折を経て、結局『嵐の夜』ヴァージョンになった(=決定稿ではないと思います)のは、どうせ売れない小説ですから・・・という気分も多少あります。


誤解の元だとは思いますが、ちょっとだけ言い訳をします。
自分で自分の性格を分析しますと、一見頑固者ですが、人に影響されやすい性格です。自分の考えを持っているようですが、案外人に押し切られちゃうところがあります。小説ブログに、コメント・トラックバック・拍手・メールフォーム・掲示板その他コミュニケーションツールをあえて入れないのは、そのあたりをきちんと遮断しておかないと自分を保てなくなってしまうことを自分が一番よく知っているからです。
たぶん、「あ~あ、誰も拍手してくれない。きっとおもしろくないからだ」(=それはその通りだと思います)と思い始めたら、きっと途中で連載をストップしてしまうでしょう。
「○○を××したほうが、おもしろくなると思います」なんて感想が来たら、「どうもありがとうございます」と反応する前に、「そうかな? そうかもしれないな」と、節操なく方針転換してしまいそうです。
それがわかっているから、あえてそうしないのです。
一見ツールをそろえているように見えるこちらのブログも、コメントを承認制にしているのは、同じ理由です。批判に耐えるだけの強い気持ちを持ち合わせていないんです。


誰かに読んでもらうために書いたのではなく、自分のために書いた小説。
誰かに楽しんでもらうために作ったのではなく、自分が楽しむために書いた小説。
一日一日、手探りで必死に前進していた頃の自分を振り返りつつ、さらに前進し続けたいと思う自分。
この原点を忘れなければ、ぶれることなく生きていけるような気がします。


「考えたことがあるか? もし、100歳まで生きるとしたら、人間に与えられた時間は36524日。876576時間だ。人生に与えられる時間は、誰にでも平等だ。多少長い短いはあるにしてもね。限られた時間を、くよくよして過ごすなんてもったいないと思わないか? どうせ一度しかない人生なんだから、前向きに過ごした方がいいとは思わないか? もちろん、これだけ生きれば、後悔しなければならないことはいっぱいある。でも、あのときああすればよかったといっても、やり直すことはできないだろう? だったら、後ろを見ないことだ。何があっても、笑って立ちあがるんだよ。怒っていても笑っていても泣いていても、時間は過ぎていく。だったら、笑っていた方がいいとは思わないか?」




これは、第1237回に出てくるセリフ。高校時代の生物の先生(第1127回にも彼の言葉を紹介したことがありましたが・・・)が言った言葉をちょっとアレンジして書いたものです。生物の授業自体はあまりおもしろいものではありませんでしたが(先生が聞いたら、絶対がっかりすると思う)、彼の人生論講座(?)はなかなかのもので、今でも印象に残る言葉がいくつもあります。小説には引用しませんでしたが、オシドリが毎年同じ個体とはつがいにならない、という話から始まる恋愛論、など彼には名言が数多くあり、全部紹介できないのが残念です。
(・・・でも、ほんとに全部聞きたいでしょうかねえ?)


話が脱線しましたが、今こうして書き続けていることの原動力の一つ。それは、高校時代に出会った人たち、生きていればいいことがある・・・それを教えてくれた彼らへの感謝の気持ちです。
かつての自分のような自殺を考えた人が、「生きていればいいことがある」と思ってくれるような小説を書くほどの実力はありませんが、ここに立ち寄ったたった一人でも「そっか。それならもうちょっとだけ生きてみようかな」と思ってもらえたら幸いだと思いながら、更新作業を続けています。
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