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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第2章

第36回

「気になること、ですって?」クラリスが顔をくもらせた。
「あなたと同じ年に生まれた女の子が一人、いることはいるのよ。死んでしまったけどね」ナターリアが言った。「祖母の3人の娘のうちの一番下にステラというひとがいるの。わたしにとっては叔母なんだけど。かの女は、フランス人と結婚して、1875年に最初の子供を産んだの。女の子だったんだけど、生まれて何週間か後に、火事で焼け死んだのよ」
「火事・・・?」クラリスは、思わず身震いした。
 3人は、びっくりしてクラリスを見た。
「・・・顔色が悪いわよ、クラリス」アレクサンドリーヌが心配そうに言った。
「・・・なんでもないわ」クラリスが言った。
 アレクサンドリーヌは、3人にコーヒーを勧めた。そして、話題が変わった。
 クラリスは、話を聞いていなかった。ナターリアの話の中で出てきた単語「火事」が、かの女の記憶を呼び覚まそうとしていた。生まれて何週間目かに亡くなったというナターリアのいとこのことではなく、かの女は自分が体験した火事のことを考えていた。忘れていたのではなく、忘れようとした記憶だったのかもしれない。かの女は、火と煙を思い出した。パリの町を何日間も歩いていた日々を思い出した。そして、赤毛の男性の後ろ姿を・・・。
 そうだ、アルトゥールは、あの男性に似ていたのだ・・・。かの女の「養父」ポール=ド=ヴェルモンに・・・。たしか、彼も、あんなふうな燃えるような赤毛に、優しいグリーンの目をしていた。そして、かの女が母親と思って育ったあの女性も、やはり赤毛にグリーンの目をしていた。かの女の名前はなんだったろうか?・・・ソフィー・・・ソランジュ・・・そうだ、ソランジュ=ド=ヴェルモンだ・・・そして、兄・・・アントワーヌ=ド=ヴェルモン・・・。
「・・・クラリス! 本当に大丈夫なの?」アレクサンドリーヌが声をかけた。
 クラリスは、夢から覚めたような顔でかの女を見つめた。
「ごめんなさい、リネット」クラリスが言った。「でも、何か、ひっかかるの。わたし、やっぱり彼にあったことがあるような気がするのよ」
「彼、って、アルトゥール=ド=ヴェルクルーズに?」
「ええ」
 ナターリアは、ちょっと苦い顔をした。「アルトゥール=ド=ヴェルクルーズ、って、あの青年ね、ちょっと生意気な感じの」
「生意気かどうかはわからないけど、さっき、ぶつかっても謝らなかったのよ、彼」クラリスが言った。
「決して人に謝るな、というのが、ド=ヴェルクルーズ家の家訓だそうよ」アレクサンドリーヌが言った。「強い男になりなさい。人に弱みを見せてはいけません。謝るということは、人に弱みを見せることだから、決して人に謝ってはいけません・・・彼は、そう言われて育ったそうよ」
 クラリスは首をかしげた。それも、初めて聞く話ではないような気がした。
 むかし、兄のアントワーヌが泣くと、母親がこういったっけ。『泣いてはいけないわ。泣くのは、相手に弱みを見せることなのよ。強くなりなさい、アントワーヌ』・・・。
 今日は、どうして、こんなことばかり思い出すのだろう・・・? クラリスは不思議に思った。
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