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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第21章

第375回

 スタニスワフとフェリックスは棚の楽譜を取りに行った。
 フリーデリックはピアノに向かい、いきなりショパンのポロネーズを弾き始めた。
 シャルロットははっとして彼の方を見た。気がついてみると、クルピンスキーはシャルロットの隣に立って、やはりフリーデリックを見つめていた。
「彼の音を聞いてごらんよ、ブローニャ。彼がどんなに成長したか、きみにはわかるよね」クルピンスキーはシャルロットにだけ聞こえるくらいの小さな声で言った。「あの子は、必ず、クラコヴィアクを離れて独り立ちを始めるだろう。もう、時間の問題じゃないかな。もし、彼がそうしたいと言ったら、ほほえんで送り出すのも、友情というものだ」
 シャルロットは驚いて彼を見上げた。「それじゃ、クラコヴィアクはどうなるんですか? フリーツェックがいなくなったら、グループはつぶれてしまいます」
「生きているものが必ず死ぬように、物事にはすべておしまいがある。だから、わたしたちは、今、一生懸命に生きているんだ、そうじゃないかね? 今度のベルリン=コンサートは、きみたちにとって、最後の大きなコンサートになるだろう。悲しんではいけないよ。きみも、彼なしでも、ソリストとして充分やっていける力がついてきているよ」
「でも・・・」シャルロットは泣きそうになった。
「彼は、もう、一人でやっていけるんだよ。きみになら、わかるよね?」クルピンスキーがささやいた。「ブローニャ、お願いだから、そんな顔をしないで。今泣いちゃだめだよ。今は、まだ泣くときじゃない。きみって、泣き虫なんだね」
 シャルロットは上を向いた。涙が出なくなるまでそうしていた。
「そうだ! そうだよ、ブローニャ!」クルピンスキーは優しく励まして、そこを去った。彼は、ほかの子どもたちにはそれを告げる気はなかったらしい。
 そこへ、二人が戻ってきた。
「練習を始めないか、フリーツェック?」スタニスワフが陽気に声をかけた。彼らは、どうやら<トリオソナタ>の練習をするつもりらしい。フェリックスも譜面台の用意をしている。
 フリーデリックは、演奏を途中でやめ、自分もヴァイオリンの準備を始めた。
 シャルロットは、彼らに背を向けた。すぐに練習をする気にはなれなかった。
 かの女は、窓際に行った。そして、窓の外を見つめた。いや、見ているふりをした。かの女には、何も目に入っていなかった。ただ、考えていただけである。さっきのクルピンスキーの言葉を。
『生きているものが必ず死ぬように、物事にはすべておしまいがある』---クルピンスキーは、グループが解散する日が近いことをかの女に暗示した。でも、なぜ、自分にだけそんなことを?・・・かの女にはわからなかった。
『あの子は、必ず、クラコヴィアクを離れて独り立ちを始めるだろう。もし、彼がそうしたいと言ったら、ほほえんで送り出すのも、友情というものだ』
 ほほえんで送り出すんですって? そんなことができるはずないじゃない・・・?
 少年たちは、演奏を始めた。
 フリーデリックは、かの女の後ろ姿を見つめながら演奏していた。かの女が泣いているのが、彼にはわかっていた。恐らく、さっき、クルピンスキー教授に何か言われたんだ。きっと、しかられたに違いない。そうでなければ、あんなに落ち込んだりはしないだろう。そばに行って慰めたかった。しかし、その後ろ姿は、《お願い、一人にしてちょうだい》と言っているように見えた。彼は、気づかないふりをしようと決めた。
 かの女は、自分が泣いていることに誰も気づいていないと思っていた。だから、かの女は泣いているのを隠そうとはしなかったのである。そして、誰にも気づかれないうちに自分の心を整理しようと思っていたのであった。
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