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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第21章

第377回

「いったいどうしたの?」フリーデリックはあぜんとしていた。
「あなたは、スターシより8小節も先に進んでいたのよ。気がつかなかったの?」シャルロットが説明した。
「えっ? まさか!」彼はびっくりした。
 スタニスワフは彼の肩をつかんだ。そして、首を左右に振って見せた。
 フリーデリックはゆっくりと楽譜を拾い上げた。それから、諦めたように言った。
「彼は、一度怒ったら、いくら弁解しても聞いてくれないんだ。だから、もうどうしようもないよ。スターシ、もう一度初めからやろう。フェレック、お願いだから、もう少し小さい声で話してね」
「みんな聞こえてたの?」フェリックスが訊ねた。
「そうでなかったら、誰が8小節も飛ばすものか」
 シャルロットは笑い出した。
 スタニスワフはつまらなそうに楽譜を見ていたが、どうやらクルピンスキーに戻ってくる気がないらしいとわかると、楽譜を閉じた。「フリーツェック、ショパンのチェロソナタを弾こうよ。伴奏してくれない?」
「いいよ」フリーデリックは自分のチェロを寝かせて、ピアノの前に行った。
 スタニスワフは、特にその第二楽章が好きだった。彼は一人でスケルッツォを弾きだし、フリーデリックが追いかけるという形で演奏は不揃いに始まった。フリーデリックは5小節目で追いつき、曲はやっと本来の形になった。シャルロットはそんな彼を見て、チェロが上手になったなと思っていた。この曲だけは、必ずフリーデリックが伴奏した。そして、いつのまにか、この曲はスタニスワフのトレードマーク的な存在になっていた。クラコヴィアクのファンにとっては、スタニスワフと言えばショパンのチェロソナタ、というくらいだった。ほかのメンバーにはそんな曲はなかったが、スタニスワフにだけはなぜか存在していた。それほど、この曲は彼にぴったりだったのだ。しかし、誰も気づいていなかったのだが、この曲の成功のうち60パーセント以上は、伴奏者のフリーデリックの手柄だった。その証拠に、ほかの誰と組んでも、これほど息のあった演奏はできなかったのである。無意識にではあったが、スタニスワフはこの曲をフリーデリックと一緒に弾きたがった。もしかすると、彼にも何となくではあっても、その理由がわかっていたのかも知れなかったのだ。
 曲が終わったとき、あたりは真っ暗になっていた。
 楽器を片づけながら、フリーデリックは誰にともなくつぶやいたのをシャルロットは耳にはさんだ。
「・・・日が落ちると、暗くなるまでには時間がかからないものなんだね」
 シャルロットは手を止め、フリーデリックを見つめた。
「・・・ごめん、ブローニャ。変なこと言ったね」
「どうして、あやまるの?」シャルロットは首をかしげて訊ねた。
「どうしてって・・・」フリーデリックは困ったような顔をした。その顔が次第に赤くなってきた。
 シャルロットは、ますますわけがわからなくなり、同じように困った顔をした。
「さあ、夕食までに片づけないと」フリーデリックは、わざと元気な声で言った。
 そんな会話をしている二人にはお構いなく、フェリックスはのんびりとした口調でスタニスワフに話しかけていた。
「さっき、お砂糖が一杯あるところを見つけたんだ。でも、きみにだけは、絶対に教えないからね!」
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