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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第2章

第37回

 その休みの間に、クラリスは、もう一つの出会いをしている。
 それは、ある公園での出来事である。
 一人のヴァイオリニストが野外で演奏していた。ステージのような空間があり、ピアノが持ち込まれていた。その演奏者には見覚えがあった。フランソワーズ=ド=ラヴェルダンの友人、ソフィー=マリアンヌ=フランク夫人、旧姓ティボーである。ということは、ヴァイオリニストはご主人に違いない、と思った。テオドール=フランクというヴァイオリニストは、一度だけ見たことがある。たしか、ド=ラヴェルダン女史の曲を演奏したリサイタルを見に行ったときだ。
・・・と思ってみていると、近くに、彼らを熱心に見つめている青年に気がついた。クラリスは、青年に近づいた。
「・・・これは、どういうコンサートなのですか?」クラリスが彼に尋ねた。
「チャリティですよ」青年が答えた。「フランク先生は、教え子をコンセルヴァトワールに送り出すのに、資金を必要としているんです。なんせ、彼の生徒は、孤児なので、学資が必要なのです。生活費もね」
「フランク先生?」クラリスが言った。「じゃ、彼は、あのテオドール=フランクなのですか、ヴァイオリニストの?」
 青年は、うれしそうにうなずいた。「あなたは、フランク先生を御存知なんですか?」
 クラリスは首を横に振った。「いいえ、残念ですが。ですが、フランク夫人は存じております」
 彼はほほえんだ。「すばらしいカップルでしょう?」
 クラリスはうなずいた。
 その曲に聞き覚えはなかった。が、フランスの曲ではないようだった。曲調からすると、ロシアかポーランドの音楽だ、とクラリスは思った。しかも、これは、コンチェルトに違いない。技巧的な2つの楽章にはさまれた中間部分が特に美しい、とかの女は思った。その第二楽章こそが、彼の雰囲気にぴったりであった。
 その演奏が終わると、10歳前後に見える小さなヴァイオリニストがあらわれた。少年は、チャイコフスキーのコンチェルトを演奏し始めた。
「あの子を見ていると、あのくらいの年だった頃のウワデクを思い出すな・・・」さっきの青年が懐かしそうな口調で言った。彼は、真面目な表情になった。「フランク先生は、面倒見がよくて、自分の生徒をまるで自分の子どもみたいに面倒を見るんですよ。わたしがベルギーでヴァイオリンを習っていた頃---あの坊やくらいの年の頃---フランク先生は、わたしを引き取って、ベルギーの自宅に居候させて面倒を見て下さいました・・・」
 そう言うと、彼はフランク氏の方に目を移し、じっと見つめた。その目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見え、クラリスはびっくりした。
 いつの間にか、青年はその場から離れていた。
 いや、クラリスがフランク氏に近づいていたのだった。
 コンサートが終了すると、クラリスはフランク氏に声をかけた。
「・・・フランク先生?」
 相手は、びっくりしてクラリスを見つめた。
「いきなり声をかけて申し訳ありません。あなたは、ヴァイオリニストのテオドール=フランクさん、ですね?」
「ええ、わたしは、テオドール=フランクですが」彼は答えた。淡々とした口調であった。
 クラリスは、思わず彼に頭を下げた。「あなたの演奏に感動して、どうしてもお話がしたくて、こんなところにまで押しかけてしまいました」
 彼は、しばらくクラリスを見つめていた。
「・・・あなたは、ヴァイオリニストではありませんね?」やがて、彼が訊ねた。
「ええ、違います」クラリスが答えた。
「じゃ、どうしてこんなところに?」彼は首をかしげた。
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