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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第21章

第384回

 シャルロットが一人きりで部屋に入ると、ヴィエジェイスキーは不機嫌そうにかの女を見た。
「あの・・・」シャルロットはこわごわと切り出した。「フリーデリックたちから話は聞いていると思うんですが・・・」
 ヴィエジェイスキーは、シャルロットをとがめるような目つきで見たが、何も言わなかった。
 シャルロットは、無理に勇気を振り絞ったような調子で言った。「あの、わたしたち、行きたいんです」
「コンサートが近いのにかい?」ヴィエジェイスキーが訊ねた。
「・・・わたしたちが行きたいのと、あの女の子が死にかけているのと、コンサートが近いのは、全く別の問題です」
「・・・それに、わたしに会いに来る勇気がないのも、かい?」ヴィエジェイスキーは首を振った。
 シャルロットは悲しそうな顔をした。「どうしてわたしが来られなかったのか、ご存じでしょう?」
「いいや、知らないね」
「わたしには、勇気がありませんでした。行きたいと言ったとき、あなたが悲しい顔をするのを見るのが恐かったんです」シャルロットは、ほとんど泣き出しそうな顔になった。「わたしは、あなたを失望させたくなかったんです」
「わたしががっかりするってわかっているのに、行きたいわけだ」ヴィエジェイスキーが言った。
「ええ、ごめんなさい、教授・・・」シャルロットは、目に涙をためて謝った。
 ヴィエジェイスキーは、困惑したようにシャルロットを見た。「泣いてはいけない。泣いたって、何も変わらないんだからね」
「ごめんなさい、泣くつもりはないんです・・・」シャルロットはそう言ったが、そのとたん、両眼から涙があふれ出た。
「きみは、泣き虫だ」ヴィエジェイスキーが言った。彼は、生徒に泣かれると、とたんに機嫌が悪くなる。生徒たちはそれを知っていたので、彼の前では絶対に泣かないようにしていた。シャルロットも、レッスンではヴィエジェイスキーの前で泣いたことは一度もなかった。
 しかし、今、ヴィエジェイスキーは、明らかに動揺していた。彼は、怒りより憐れみに近い気持ちでシャルロットを見つめていた。そんな気分になるのは珍しいことだったので、ヴィエジェイスキー自身困惑していたのである。
 シャルロットは、ヴィエジェイスキーが今にも怒り出すのだと思った。しかし、様子がおかしいので、こわごわ顔を上げた。
「そんな風に泣いていては、病気の女の子に悪いと思わないのかい?」ヴィエジェイスキーは穏やかに言った。
 シャルロットの表情が明るくなった。「・・・じゃ、行ってもいいんですか?」
「ああ、かまわないよ」ヴィエジェイスキーが答えた。
「でも、コンサートは?」シャルロットが訊ねた。
 ヴィエジェイスキーは笑い出した。「さっきと反対になったね? さっきは、わたしのほうがそう聞いたのに」
 シャルロットもほほえみを浮かべた。
「ブローニャ、きみは泣いているの、笑っているの?」
 シャルロットは、まだ涙がたまっていた目を拭いて、もう一度ヴィエジェイスキーにほほえみかけた。「わたし、嬉しいんです。フリーツェックたちに報告してきてもいいですか?」
 彼もほほえんで、うなずいた。
「ありがとうございます、教授!」シャルロットは彼に抱きついた。そして、嬉しそうに部屋から飛び出していった。
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