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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第21章

第392回

 タデウシ=クルピンスキーの死亡診断書によれば、スタニスワフ=レシチンスキーの死因は急性心不全だった。つまり、彼の心臓は、川の冷たい水に耐えられなかったというわけだ。
 しかし、たった一人の息子を失ったスタニスワフの両親は、ほかの医者にもう一度死因を確かめさせた。彼らは、チャルトルィスキー家の家庭医でもあったクルピンスキーを信じてはいなかった。もちろん、クルピンスキーの診断は正しかった。それでも、彼らには信じられなかったのである。今度の事故は、すべてチャルトルィスキー家が悪い、と彼らは思っていた。溺れていたのが公爵の甥の息子のアウグストで、川から引き上げたのが公爵の娘のシャルロット。目撃者の話では、シャルロットはスタニスワフよりアウグストを先に助けたのだという。もし、スタニスワフが先だったら!彼らには、シャルロットが水に飛び込んだとき、スタニスワフはすでに死んでいたのだと言うことが信じられないのだから、先に助けられていれば、彼は死なずにすんだと思ったのは当然のことだった。
 シャルロットを含め、クラコヴィアク関係者は、レシチンスキー家に立ち入りを禁止された。謝りに出かけたシャルロットは、レシチンスキー伯爵自らに門前払いを食わされた。
「きみが、スタニスワフを殺したんだ!」レシチンスキー伯爵は、こう言ってシャルロットを追い出したのである。
 シャルロットは、この事故で、精神的にかなり深い傷を負った。


 4月25日、予定通りコンサートは行われた。しかし、それは、スタニスワフがいないコンサートだった。
 初めに、シャルロットが、優しい声で、しかし悲しみを込めて言った。
「わたしたちは、かけがえのない仲間を、ヴィスワ川に奪われてしまいました。わたしたちは、誰一人かけてもクラコヴィアクではありません。ですから、わたしたちは、今日はただのブローニャとフリーツェックです。わたしたちは、スターシの思い出のために、今日のコンサートを捧げたいと思います」
 拍手が起こった。
「最初の曲目は、スターシが大好きだったショパンのチェロソナタです」フリーデリックがそう言ってピアノの前に座った。シャルロットがチェロを弾いた。
 この曲がスタニスワフのトレードマークとみなされるようになって以来、シャルロットもフリーデリックも、このチェロ=パートは決して弾こうとはしなかった。しかし、この日、シャルロットはチェロソナタを弾いた。誰が聞いても、シャルロットの方が上手だった。しかし、この日、ここに来ている人の大部分は、そのことには気づかなかった。ただ、スタニスワフのことを思い出し、悲しんでいるだけだった。
 プログラムは進んでいた。フェリックスがヴァイオリンを持って登場したとき、会場は急に静まりかえった。
「わたしたちは、どうしてもこの曲を演奏しなければならないと思いました。これは、わたしたちにとっての思い出の曲だったからです。わたしたちが初めて演奏した曲、ショパンのピアノトリオをこれから演奏します。でも、あのときとは、メンバーも演奏する楽器も違います」シャルロットは落ち着いた口調で説明した。
 シャルロットはピアノの前に座った。フリーデリックがチェロだった。初めてステージに立ったとき、3人はヴァイオリンのシャルロットの合図で曲を始めた。今度も、シャルロットが合図して曲が始まった。メンバーは、4つずつ年を取った。そして、4年分以上の進歩をしていた。その場にいた誰もが、クラコヴィアクをこのまま終わらせるのがもったいないと感じ始めていた。残った三人には、間違いなく才能があった。
 演奏が終わると、フリーデリックはステージにチェロを置いて立ち去った。
 ステージには誰もいなくなった。拍手が鳴りやまなかった。
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