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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第2章

第38回

 クラリスも首をかしげた。
「わたしは、才能あるヴァイオリニストじゃありません」フランク氏が言った。「デビューしたのは決して早くはないし、リサイタルの経験もあまりないし・・・。でも、わたしは、一つだけ人より優れているところがあります。それは、ほかの人の才能に気がつく、という才能です。あのリシャールも、才能ある生徒です。わたしは、彼らを指導して、こう思うんです。才能ある子どもたちを伸ばすには、後ろ盾・・・スポンサーとなる人が必要だ、ってね。わたしがめざしているのは、まさに、それなんです」
「・・・でも、あなたにだって、才能が・・・」クラリスが言いかけた。
「わたしくらいの人間なら、いっぱいいますよ」彼は笑った。不思議なくらいさわやかな笑顔であった。「ところで、ジョゼフ=サヴェルネ君を知っていますか?」
「いいえ」クラリスが答えた。
「ほら、あの人です。ブリュネットで、長髪の・・・」彼が指さしたのは、さっきの青年だった。
 クラリスは、うなずいた。「あの方なら、さっき、お話ししました。彼が、あなたのお名前を教えてくれました」
「彼は、グルノーブル出身のヴァイオリニストです。戦争孤児でね、やっとのことでパリにやってきたんですよ。わたしがたまたま見つけたときにはね、父親の形見とか言う大きなヴァイオリンのケースを一つだけ持っていてね・・・。本人は、まだハーフサイズの楽器しか体に合わないと言うのにね」彼は懐かしそうな口調で言った。「わたしは、彼をブリュッセルの自宅に連れて行って、ヴァイオリンを教えたんですよ。いや、彼が勝手に覚えたのかな?・・・彼は、今では、グルノーブル音楽院で、ヴァイオリンを教えています。わたしは、彼の紹介で、オーケストラの仕事を見つけて、彼の近くに住んでいるんです。今では、わたしと彼は、立場が逆転しているんですよ」
 そういうと、彼は笑い出した。
「あなただって、音楽院で教える資格があると思います」クラリスが言った。「あなたはすばらしい先生です」
「グルノーブル音楽院の教授たちは、誰もそんなことを言ってくれないよ」彼は笑い続けた。そして、ほほえみながら言った。「わたしはね、生徒たちの役に立てればいいんです。役に立とうと努力しているだけです。先生というのは、そもそも、生徒の踏み台に過ぎないんです」
 クラリスは黙ったまま彼を見つめていた。
「自分を超えていく弟子を見ること、それが教師の生きがいじゃないのかな? だから、わたしは、できるかぎりのことをしようと思っている。生徒が必要としていることを、必要なときに手助けする・・・それがうれしいんですよ」
 クラリスは、彼を見つめた。ひどくしわが深い顔で、こめかみのところから血管が浮き出して見えた。近くで見ると50歳くらいの表情をしていたが、たしかまだ30代のはずだ、と思っていた。どうしてこの人は、こんなに父親のような表情をしているのだろう、かの女は不思議であった。
「あなたは、生徒たちに感謝されるべき存在です」
 フランク氏は即座に否定した。「感謝されるためにしているわけじゃないよ」
「でも、あなたはご存じないんですか、フランク先生?」クラリスは思わず言った。
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