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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第22章

第398回

「なにをごちゃごちゃ言ってるんだ? トランクの準備はできているのか?」ザモイスキーが言った。
「できている」公爵は渋々答えた。
「どうせ、わたしは殺されるのよ!」シャルロットはたまらなくなって叫んだ。「お願い、わかって、公爵!」
「静かにしろ!」ドアのところにいた男が叫んだ。彼はシャルロットにピストルを向けた。公爵は、とっさにシャルロットを後ろに隠した。
 ザモイスキーは、二人を後ろ手に縛り上げた。そして、3人の侵入者たちは、二人の人質をはさむようにして、正面のドアから外に出た。
 ヴォイチェホフスキーは苦り切った表情で彼らについていった。ナターリア夫人、ユリアンスキー父子が後に従った。
 外に馬車が止まっていた。さっきドアのところにいた一番気が短い男が、せっかちに馬車のドアを開けた。
「トランクだ」彼はトランクを開け、お金を確認した。「よし、フェリックス、間違いないぞ!」
 彼はそう言うと、自ら御者台に乗った。ザモイスキーともう一人は、シャルロットを馬車に乗せ、チャルトルィスキー公爵をはなし、急いで出発した。
 ナターリアが公爵に駆け寄った。ヴォイチェホフスキーが公爵の縄を解いた。公爵は、普段滅多に見せたことがない真剣な顔で言った。
「ヴォイチェホフスキー、すぐに憲兵に連絡するのだ。今ならまだ間に合う!」
「チャルトルィスキー公爵さま?」ヴォイチェホフスキーは、そこを動くのをためらった。彼もシャルロットを案じていた。
「憲兵を手配するんだ。彼らをワルシャワから一歩も出してはならない!」
「でも・・・」
「わたしの言ったことが聞こえなかったのかね、ユーレック?」公爵は、珍しく怒ったように言った。
 ヴォイチェホフスキーは、いやいや立ちあがった。ナターリアは、ヴォイチェホフスキーがしぶしぶ命令に従うのを初めて見た。かの女が驚いていると公爵は立ち上がり、かの女のすぐそばに来て、そっとささやいた。
「・・・許してね。ブローニャは、助からないかも知れない・・・」
 ナターリアははっとした。かの女は、公爵がこんなに悲しそうなのを初めて見た。
「あの子は、運がいい子です」ナターリアが言った。「きっと、助かります」
「・・・ありがとう」彼は、やっとそれだけ言った。
「大丈夫よ、アントーニ」かの女は、泣き出すまいとして、抑えたような声で言った。
「わたしは、行かなければならない。あの子が乗った馬車に、ダイナマイトを投げるようなことになるかも知れない・・・。ウワディスワフに---かの女をかばって死んだあの人に、もう一度かの女を守ってくれるように、祈っていてくれないか?」
 ナターリアは動転した。かの女はうなずいた。そのとたん、かの女の頬を涙がふたすじ流れ落ちた。
 公爵は、かの女の涙を優しくぬぐって立ち去った。
 憲兵たちの反応は早かった。彼らは、ワルシャワの出口を封じた。ワルシャワから出る馬車は、残らずチェックされた。公爵は、その出口の一つにいた。馬車は50台以上ならんでいた。
 そして、彼はダイナマイトを持っていた。もしものことがあったら、自分で投げるつもりだった。ダイナマイトがこんなに冷たいものだとは考えたこともなかった・・・と公爵は思った。彼は思い出していた。この4年間、シャルロットがどんなに彼の心をあたたかくしてくれたかを。子どもがいなかった彼が親らしい気持ちになったのは、かの女のおかげだった。かの女がいるだけで幸せな気分になれた。かの女がほほえむと、彼まで嬉しくなったものだった。しかし、かの女はこの4年間、一度も彼をパパと呼んだことはなかった。かの女にとっての父親は、依然としてウワディワフ=スタニスワフスキー、かの女をかばって死んだあのヴァイオリニストだった。彼がいくら愛情を示しても、かの女は決して心を開こうとはしなかったのである。
 あのとき、かの女はこう言った。『もし、わたしが本当の娘なら、あなたには馬車にダイナマイトをぶつけることができるはずだわ』---そう、<本当の娘なら>とかの女は言ったのだ。かの女は、自分を本当の娘だと思ってほしかったのだ。いや、それだけではなく、その証を必要としていた。
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