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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第2章

第41回

 クラリスがシャンベリーから帰ってきた日も、クラウス=レヴィンはいつものようにつりをしていた。
「休みはどうだった?」クラウスが訊ねた。
「まあまあね」クラリスが真面目な顔で答えた。「それより、あなたこそ、どうして帰らなかったの?」
「つりが大好きだからさ」彼は不真面目に答えた。
「ローザンヌにいてもつりはできるでしょう?」
「本当はね、ローザンヌには帰りたくなかったのさ。もう何年帰っていないだろうな・・・」
 クラリスはびっくりした。「そんな! みんな心配しているでしょう?」
「レヴィン家の人間は、クラウスという息子がいたなんて忘れているさ」彼は遠くをじっと見つめた。ローザンヌの方角であった。
「まさか・・・そんなこと・・・」クラリスは絶句した。
 クラウスは、クラリスの方へ目を移した。
 クラリスは、何か話題を変えなくてはならない、と思った。とっさに釣り竿が目に入った。
「ところで、さかななんて釣れないでしょう?」
 クラウスはうなずいた。「でも、こうやっていると、女の子たちが珍しがって寄ってくるのさ。『不思議な人ね。こんな時間におさかななんかいるわけないでしょ?』なんて言うのさ」
「そうよ、誰だってそう思うわ」
「だけど、ぼくが釣っているのは魚じゃない。魚が釣れるわけないことくらい承知している」
「・・・あなたは、音符を釣っているのね」クラリスが言った。「それで、作曲の方は進んでいるの?」
「交響曲の第二楽章」クラウスが答えた。「6月からずっとこればっかり考えていたよ」
「あなたらしくもない」
「もともと、ぼくは多作の方じゃない。大きな曲を書くには、3ヶ月はかかるよ。ところで」クラウスはクラリスを見つめた。「きみはメランベルジェを知っているって言っていたね。それじゃ、ベルナール=ルブランのことも知っているよね?」
「わたし、パリではベルナール=ルブランに作曲を習っていたのよ」
 クラウスはびっくりした。「知らなかった! きみはマルティニストだったの?」
 クラリスは首を横に振った。
「ぼくは、いつか、ベルナール=ルブランの弟子になりたい」彼が言った。「あんなふうな緻密なオーケストレーションを学んでみたい。メランベルジェの音楽をもっと身近に感じたい」
 クラリスはもう一度首を横に振った。「みんな誤解しているわ。メランベルジェの弟子について、みんな何も知らないのよ」
「何も、って?」
「ベルナール=ルブランは、メランベルジェの弟子の中では、確かに優れた人材の一人だったわ。でも、彼はメランベルジェの弟子である以上に、ベルナール=ルブランという作曲家よ。メランベルジェの作風を一番受け継いだのは、彼ではない・・・これはメランベルジェの弟子ならば誰でも知っているわ。でも、誰もが彼をメランベルジェの後継者だと思っているわ」
 彼は首をかしげた。『じゃ、いったい誰が?』という表情をしていた。しかし、クラリスはその問いには答えなかった。
「わたしは、ベルナール=ルブランが好きよ。メランベルジェの弟子の中で、思想的に一番近いのが彼だから。わたしは、オーケストレーションを彼から学んだわ。それで、わたしは、今でもワーグナーが嫌いなの」
 クラウスはくすくす笑った。「知ってる。きみのワーグナー嫌いは有名だ」
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