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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第23章

第427回

「きみって人はほんとに・・・。ブローニャは疲れているって言ったじゃないか」
「ごめんなさい。でも、どうしても会いたかったんです」フリーデリックは弁解した。
「どうしようもない人だな。でも、面会時間はおしまいだ」
 フリーデリックは陽気に手を振りながら出て行った。
 彼が出て行き、ドアが閉まると、クルピンスキーは急に真面目な顔になった。
「ブローニャ、その足のことなんだがね。われわれは、いろいろ検査を繰り返して調べては見た。そして、だいたいこんなことがわかったんだ・・・」
 シャルロットは、彼の表情から最悪の事態を想像した。「・・・つまり、治らないんですね?」
「せっかちなひとだね。そうは言っていないだろう?」クルピンスキーは説明を始めた。「その足は、近いうちに動くようになるはずだ。つまり、歩けるようになるということなんだ。ただし、わたしの力ではだめなんだ・・・」
 シャルロットは、悲しそうにうつむくクルピンスキーを見て同情した。彼がそんな表情を見せたことは、これまでに一度もなかったからである。
「ここにいても、歩けるようにはならない。たとえ、歩けるようになっても、いつまた歩けなくなるかも知れない。きみの場合、ただの怪我じゃないようなんだ・・・」
 シャルロットの方が冷静だった。「あなたの力じゃだめだ、ということは、つまり、治らないっていうことなんでしょう?」
「いいや、方法はある。フランスに、わたしの友人がいる。すぐれた外科医で、ブリューノ=マルローという名前だ。彼になら、治せるかもしれない」
「また、フランスですか?」シャルロットはあきらめ顔で言った。「わたしは、ポーランドを離れるわけにはいきません、ご存じでしょう?」
 そのとき、エドゥワルド=ユリアンスキーが初めて口を開いた。「お嬢さま、あなたはフランスへ行くべきです。奥さまも、きっとそれを望んでおられます」
「本当にそう思う、エデック?」シャルロットが訊ねた。
「もちろんです」彼はそう言うと、一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべ、すぐに顔を赤らめた。「・・・でしゃばってすみません、シャルロットお嬢さま・・・」
「いや、エデックの言うとおりだと思う。行くべきだよ」
 シャルロットはうなだれた。「どうして、あのとき、フェリックス=ザモイスキーは、わたしを殺してくれなかったのかしら・・・」
 クルピンスキーは静かに言った。「・・・辛抱すれば、きっと、生きていてよかったと思う日が来るでしょう」
 シャルロットは顔を上げ、クルピンスキーを見つめた。クルピンスキーはほほえんでいた。
 かの女がフランス行きを決心したのは、この瞬間だった。
 クルピンスキーにも、かの女の表情からそれがわかった。彼は、黙って部屋から出て行った。
 シャルロットは横になって目を閉じた。エドゥワルドは、近くにあった椅子に座り、本を読み始めた。暗殺の危険はもうなかったが、彼はかの女のガードを続けていた。かの女の方もそれになれてしまっていて、何も言わずに彼の好きにさせていた。
 シャルロットは、クルピンスキーの言葉を思い出していた。
『辛抱すれば、きっと、生きていてよかったと思う日が来るでしょう』クルピンスキーは確信を持ってそう言った。そのクルピンスキーの顔が、いつの間にかフェリックス=ザモイスキーの若々しい表情に変わった。
『・・・俺には、あんたまで殺すことはできないよ。あんたは、生きるといいよ。あんたなら、愛してくれる人に囲まれて生きることができるよ・・・』
 フェリックス=ザモイスキーの目は輝いていた。彼が自分の<正義>を語るとき、その目はいつも生き生きとしていたものだった。その目は、作曲のことを語るときのフリーデリック=ラージヴィルの輝いた瞳を思わせた。
『ぼくは、前衛の音楽に興味はないんだ。音楽は、実験じゃないと思う』こう言ったとき、どんなにフリーデリックの目が輝いていたか・・・。
 シャルロットの目から涙があふれてきた。
---それにひきかえ、わたしには、熱中して語れる何かがないんだわ!
『あなたは、太陽のようにならねばなりません』ジョゼフ=サヴェルネは、こう言い残して去っていった。
 シャルロットは、サヴェルネの後を追いかけてグルノーブルへ行こうと思った。太陽になるために・・・。
 いつのまにか、かの女は眠ってしまっていた。
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