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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第23章

第430回

「ブリューノ=マルローに宛てた紹介状は入っているね?」タデウシ=クルピンスキーが訊ねた。
「入っています。これで5度目ですよ、そう聞かれたのは」シャルロットはほほえんでいた。
「まず、足を治してもらうんだよ」クルピンスキーは抑えたような声で言った。
 ヴィエジェイスキー教授は、シャルロットの目が見えるようにかがみ込んでいた。「いいかい、ブローニャ、生徒はその先生を超えて初めて一人前になるんだよ。サヴェルネは、決して優しい先生じゃないだろう。しかし、きみがくじけない人間だということは、わたしにはよくわかっているよ。きっとステージに立つんだよ。ポーランド人がどんなにすごいか、フランスの人に見せてやりなさい。わたしは、ここできみの成功を祈っているよ」
「ありがとうございます」シャルロットは、涙で潤んだ目をヴィエジェイスキーに向けた。
「泣くんじゃない。わたしは、泣く子は嫌いだよ」彼はそう言うと、そっぽを向いた。彼自身が泣きそうになっていたからである。
「船まで送るよ」フリーデリック=ラージヴィルはそう言うと、シャルロットを抱き上げていた。「車椅子では、タラップは登れないだろう?」
「あなたって、いつの間に力持ちになったの?」シャルロットが訊ねた。
 フリーデリックは笑った。「笑わせないで。ここで力が抜けると、きみは・・・海に落ちるからね!」
 エドゥワルド=ユリアンスキーは、車椅子を持って彼らの後ろにいたが、フリーデリックの冗談を聞くと、真面目に身構えた。シャルロットを海に落としては行けない、と真剣に考えたのである。
「ブローニャ!・・・間に合った・・・一目会いたかった!」ヤン=クルピンスキー教授が、息を切らしながら言った。「・・・いい思い出を、ありがとう!」
「行ってきます」シャルロットは涙を拭いてほほえんだ。
「そうそう・・・泣いちゃだめだ」クルピンスキーが言った。しかし、彼の方は泣いていた。
 そのときになって、ボレスワフ=ステファンスキーが初めて口を開いた。「・・・きみは、きっと成功するだろう。わたしは、きみが成功したという知らせを聞くのを、楽しみにしているよ。・・・ポーランドには、きっと帰ってくるんだよ。・・・ただ、そのときには、わたしはもう・・・ワルシャワにはいないと思うが。・・・だが、きみにさよならは言わないよ」
「行ってきます、ステファンスキー教授!」シャルロットは無理に元気よく言った。「またお目にかかりましょう」
 彼は首を横に振った---彼は、自分がまもなく死ぬだろうと言うことを知っていた。そして、自分が育てた最後の、そして最大の弟子に最後の別れをするために、グディニアまで見送りに来たのだった。彼は、こうして何人もの弟子を見送ったものだった。そして、自分が見送るのはこれが最後だと思っていた。
 フリーデリックはやっと歩き出した。そして、船の上につくと、かの女を車椅子に乗せた。
「もうすぐ時間だね。今度は、いつ会えるのかな?」
「たぶん、そう遠くはないうちに・・・」
「クラコヴィアクを忘れないでね」フリーデリックが言った。『ぼくのことを忘れないでね』のかわりに・・・。
「ええ、あなたもね」シャルロットが言った。そして、かの女は握手するために、フリーデリックに手を差し出した。フリーデリックは、車椅子の前にひざまずき、まるで騎士のようにかの女の指先にキスをした。
 驚いていたシャルロットに、彼はそのままの姿勢でこう言った。「一度、すてきな貴婦人の前で、これをやってみたかったんだ」
 シャルロットはほほえんだ。「でも、相手の貴婦人が車椅子に乗っているんじゃ、ぜんぜんすてきじゃないわね」
「いや、きみは、世界で一番すてきだよ」彼は真面目な顔でそう言った。シャルロットは思わず赤くなった。
 彼は、ほほえみながら立ち上がり、かの女の手を固く握りしめ、握手した。
 シャルロットは、今度はエドゥワルドに手を差し出しながら言った。「エデック、ありがとう。あなたも、立派な医者になってね」
 エドゥワルドは、無言のままその手を握りかえした。彼は、医者にはならないという決心をかの女に伝えなければならないと思ったが、フリーデリックの前では何となく口にできなかった。
「ナターリアおばさまのこと、よろしくお願いします」シャルロットは、エドゥワルドに向かって丁寧に頭を下げた。
 それでも、彼は無言のままだった。彼は、黙ったままうなずいた。それを見て、シャルロットは彼にほほえみかけた。
 フリーデリックが、そして、エドゥワルドもタラップを降りた。
 大きく汽笛が鳴った。そして、<ラ=ヴィクトワール>と船体に書かれている白い客船は、グディニアの港から、フランスへ向けて旅立っていった。
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