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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第24章

第440回

 シャルロットは自分の車椅子に目を落とした。「わたしは、足が動かないんです。つまり、ペダルが使えません。それなのに、どうしてピアノができるというのです?」
 彼も車椅子を見た。「あなたの演奏は、ペダルを使わなくても見事なものだった。わたしも、ペダルなしで<ブリュメール=クーデター>を弾いているとは気がつかなかった。立派なものです。一度、船内でピアノ=リサイタルを開いてもらえないかしら?」
「わたし、見せ物じゃありません!」シャルロットは思わず叫んだ。
「わたしも、あなたを見せ物だとは考えていませんよ。あなたは、本物のピアニストだ」彼はなだめるように言った。「あ、そうそう、自己紹介がまだでしたね。わたしは、イグナース=リヒテル。音楽評論家です」
 シャルロットは開いた口がふさがらない、という様子で彼をじっと見つめた。「音楽評論家、ですって?」
「ええ。フランスとドイツで、評論活動をしています。あなたは?」
「わたしは、シャルロット=コリエといいます。ヴァイオリンの修行のため、フランスに向かっています」
 リヒテル氏は、あわてて首を横に振った。「ヴァイオリンですって! とんでもない!」
 シャルロットは、もう一度自分の車椅子を見た。「わたしは、ピアニストとして活躍することは無理です。でも、こんな足でも、ヴァイオリンを弾くのには困りません。そして・・・」
「いいですか、あなたは、何があってもピアノをやめてはだめです!」リヒテル氏が言った。「シャルロット=コリエですね。覚えておきましょう。あなたも、いつかきっと、わたしの忠告を思い出してくれると思いますよ」
 彼はそう言って、部屋から出て行った。ドアが大きな音を立てて閉まった。
 シャルロットは、ぼうぜんとしたまま彼を見送った。音楽評論家と名乗る人間が、ペダルなしで弾いた演奏をあそこまでほめるというのが、信じられない気がしていた。そして、自分がクラリス=ド=ヴェルモンという作曲家の曲を知っていたということに驚いていたのである。
 シャルロットは、また<ブリュメール=クーデター>を弾き始めた。
 5分もしないうちに、またドアが開いた。シャルロットはうんざりしたようにドアを見た。
「・・・失礼しました。あなたのピアノがあまりすてきだったもので」部屋に入ってきた少年は、そう言うと、はっとしたようにかの女を見つめた。「・・・あなたは、もしかすると、あのひとじゃありませんか?」
「あのひと?」
「<クラコヴィアク>のブローニャです」彼はミエチスワフ=レショフスキーだった。
 シャルロットは、彼には直接会ったことはないが、たぶんそうだろうと直感で思った。かの女は、彼に対しては本名を名乗るまいと決めていた。
「まあ、そう言われたのは、この船に乗って、これで3度目だわ」
「3度目?」
「そうよ。一人目は、バルバラ=ヴィエニャフスカという女の子。二人目は、ワンダ=レヴァンドフスカという名前のチェリストよ」シャルロットが答えた。「三度目になると、もう驚きもしないわ」
「ヴェールをあげてもらえますか?」
 シャルロットは首を横に振った。「まあ、いきなり失礼ね!」
「ぼくは、ミエチスワフ=レショフスキーといいます。ご存じですよね?」
「いいえ、存じません」シャルロットが答えた。会ったことはないのだから、全くの嘘ではない。
「バルバラ=ヴィエニャフスカから、何も聞いていないんですか?」
「バーシャは、わたしの友達よ。でも、わたしたち、人のうわさ話はしないわ」シャルロットが言った。
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