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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第24章

第442回

 シャルロットは船のデッキに出てきていた。それは、キールを出発してコペンハーゲンに向かった日の夕方のことだった。
 かの女は、ガストン=エルスタンが一人で夕日を眺めているのに気がついた。かの女は彼に声をかけようとして思いとどまった。彼の目に涙があふれていることに気づいたからである。美しい夕日だった。波が輝いていた。遠くで鳥たちの泣き声がした。シャルロットは、彼が以前こう言ったことを思いだした。
『わたしは、一人で夕焼けを見るのが好きなんです・・・』
 ガストンは夕焼けを見ているのだ。いったい、彼は何を考えているのだろう? かの女は、彼がこれほど深刻な顔で何かを考えている姿を見るのは初めてだった。やがて、彼は出し抜けに振り返った。かの女は、何となく彼から目をそらし、車椅子の向きを変えた。彼を見ていたことを、彼に気づかれてはならないような気がしていた。しかし、彼はかの女を見るなり、かの女が自分を見ていたと察した。
 その晩、彼はとうとうシャルロットの部屋にやってこなかった。次の日の朝も昼も現われなかった。夕方になっても、やはり彼は来なかった。
 船がコペンハーゲンに着いた晩になって、ガストンはやっとかの女の部屋に食事を持ってやってきた。
「こんばんは、シャルロット。食事をしていないとは聞いていましたが、どうしてなの?」ガストンがテーブルのセッティングをしながら訊ねた。
「わたしは、あなたのものを食べることはできないわ。わたしの食事は、あなたが持ってきて下さらなかったから・・・」シャルロットは穏やかに説明した。
 彼はさっと青くなった。「それで、まる二日も何も食べなかったというの? あなたは狂っています、シャルロット!」
「でも、人の食事は食べられないわ、そうでしょう?」シャルロットは当たり前のことのように言った。それから、やはり同じ口調で訊ねた。「それより、あなたは、どうして来てくれなかったの?」
 彼は恥ずかしそうな表情を浮かべていった。「あなたに見られたと思ったからです。あんなところを、誰かに見られたくなかった・・・。だから、二度とここには来るまいと思っていました。でも、メルローディエが、あなたがこの二日間何も食べていないって言うんで、心配になって・・・」
「メルローディエ、って、どなた?」
「あなたにお食事を持ってきた別のボーイです。みんなオーギュストって呼んでいますが、わたしは彼をメルローディエと呼びます。彼がそうして欲しいというので・・・」
「・・・ああ、そういえば、みんなオーギュストって呼んでいたわね。彼って、とっても無口な人ね」
「メルローディエは内気なんです」
「本当は、わたしが恐かったからじゃない?」シャルロットが訊ねた。「わたしって、ひどい顔をしているので有名なんでしょう?」
 彼は首を横に振った。「いいえ。彼は、本当のことを知っています。わたしが話したんです。彼は、信頼できる人物です。・・・でも、約束を破ってごめんなさい」
「彼は、あなたの親友なのね・・・」シャルロットが言った。
「親友と言うよりは、兄のような人です」
「あなたには、お兄さんがいるの?」
「ええ。わたしは、6人兄弟の5番目です」
「まあ、兄弟がたくさんいていいわね!」シャルロットは、心の底からうらやましそうに言った。
 ガストンにはそれがわかったようだった。「わたしの家族のことより、お食事にしましょう。あなたは、ずっと召し上がっていません。だから、今日は、このスープを飲んで下さい。わたしからのお願いです」
 シャルロットは素直にうなずいた。「ありがとう、ガストン」
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