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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第25章

第450回

 プログラム後半は、シャルロットが演奏するヘルムート=シャインのヴァイオリンソナタから始まった。
 かの女は、フリーデリックが編曲したチェロ版を演奏したのだった。それを演奏したいと言ったとき、伴奏者のレヴァンドフスキーは驚いたものだった。その曲は、彼も以前演奏したことがあった。しかも、そのときには、作曲者のシャイン自身がヴァイオリンを弾いたのだ。だから、レヴァンドフスキーは、その曲にまつわる悲しいエピソードを知っていた。
 ヘルムート=シャインは、若い頃、ある女流作曲家に夢中になった。それは、彼の一方的な恋だった。しかし、それがきっかけとなって、彼を密かに愛していた伴奏ピアニストを死なせてしまった。その女流作曲家と彼の伴奏ピアニストは親友だった。女流作曲家は、友人の死に責任を感じ、彼のもとを去っていった。しかし、彼の方は、かの女を忘れることはできなかった・・・。それから10年後、彼が愛したただ一人の女性も死んだ。彼は、かの女の死の知らせを受け取ると、その二人の女性のためにレクィエムを書こうとした。こうしてできあがったのがこのヴァイオリンソナタである。レヴァンドフスキーは、かの女が曲を知っていることにも驚いたが、10歳そこそこでそんな曲が理解できるものだろうか、と思っていた。
 シャルロットにとっては、この曲はスタニスワフの思い出につながるものだった。人が死ぬ、ということで共通していたためか、シャルロットはレヴァンドフスキーが驚くほど、曲に込められている悲しみや苦しみを表現できた。しかし、レヴァンドフスキーはかの女に言った。
「いつか、もっと大きくなって、本物の恋をしたら、この曲がもっと理解できるだろうね・・・」
 シャルロットは、何度そう言われたことだろう! かの女の師のヴィエジェイスキーも、この曲を練習しているとき、繰り返しそう言ったものだ。「いつか、本物の恋をしなさい。この曲は、悲しい恋の物語なんだよ・・・。きみが大きくなったら、きっとこの曲の本当の意味がわかるだろう・・・」
 シャルロットは、ある日、練習が終わったあとで伴奏者のフリーデリック=ラージヴィルにこう言ったことがあった。
『どうして、大人たちは恋をすると、曲を作りたくなるのかしら?』
 そのとき、フリーデリックは笑って聞いていたが、急に真面目な顔をしてこう訊ねたのである。
『きみは、誰かに恋をしたことがあるの?』
 シャルロットはそのとき、フリーデリックはもう大人なんだな、と感じたことを思い出した。彼の顔には《ぼくには理解できるよ》と書かれていたのである。あのときの彼の優しいまなざしは、恋をしている少年のものだった。彼が誰に恋をしているのかは知らなかったが。
 シャルロットは演奏しながら、いつもとは違って、スタニスワフではなくフリーデリックのことを考えていた。夢見るようなまなざしで、ぼんやりと何かを見つめていたフリーデリックの表情を、かの女は思いだしていた。きっと、彼は恋をしていたのだろう。あのころ、自分にはそれがわからなかったが、今思うと、きっとそうに違いないと思われるのだった。彼は、かの女が考えていた以上にずっと大人だったのだ。かの女は、昔から、スタニスワフよりフリーデリックの方をより理解できた。それは、彼がかの女よりずっと年上だったからだろうか。
 かの女は、初めて会ったときの彼の年齢にまだ達してはいなかった。
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