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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第25章

第451回

 曲が終わってステージを降りたシャルロットに、レヴァンドフスキーが言った。
「不思議だね。今日のきみは、いつもと違っていたね」
「・・・具合が悪かったから、迷惑をかけてしまったわ」シャルロットはすまなそうに言った。
「いや、そういうんじゃなくて・・・」レヴァンドフスキーはどう表現していいのかわからなくなって口ごもった。「なんて言うのかな・・・いつもより大人びた弾き方をしていたね?」
 シャルロットは驚いてレヴァンドフスキーを見つめたが、何も言わなかった。
 ステージでは、レヴァンドフスカがお得意の無伴奏チェロ組曲を演奏していた。
「・・・ねえ、レヴァンドフスキーさん、あなたは恋をしたことがあるんでしょうね?」シャルロットが訊ねた。
 彼はびっくりしたようにかの女を見つめた。その顔が急に赤くなった。「大人をからかうものじゃないよ!」
 シャルロットは、レヴァンドフスキーが舞台から持ってきてくれたチェロを受け取った。そして、ガストンに手伝ってもらって、チェロをケースにしまった。そのあと、かの女はもう一度舞台裏に戻った。レヴァンドフスキーは、すでにそこにはいなかった。
 シャルロットは、一人で車椅子を押し、ステージに向かった。そして、腕の力だけでピアノの椅子に移動し、聴衆が驚いているうちに、ショパンのバラードの最初のユニゾンを弾き始めた。かの女の演奏は、ペダルがない演奏として許されるだけの美しさを持ったものだった。かの女のレガート奏法は完璧だった。聴衆は、かの女がペダルを使っていないことを、最後には忘れ去っていた。
 その晩、ガストン=エルスタンは深刻な顔でシャルロットに訊ねた。
「あなたは、本当は誰なんですか?」
「わたしも、それをずっと考えているんだけど・・・」シャルロットが答えた。
「冗談にしないで!」ガストンは傷ついた声を出した。「あなたは、シャルロット=コリエじゃない。あなたは、誰なんですか?」
「わたしには、よくわからないの」シャルロットは真面目な顔で答えた。「あまりにも、複雑すぎる話なのよ」
「簡単に説明して下さい」
 シャルロットは首を横に振った。「だから、難しすぎるのよ。いろいろあって・・・。まず、パスポートにある名前は、シャルロット=チャルトルィスカだけど・・・」
「・・・チャルトルィスカですって? じゃ、あの、ポーランドの・・・?」ガストンはそう言うと、しばらく口もきけずにあぜんとしていた。
「あなたは、わたしのことを知っているのね。わたしが、本当は誰かわからないことも知っているのね?」
 彼は首を横に振った。
「じゃ、あなたは、わたしの何を知っているの?」シャルロットは悲しそうに言った。「わたしは、シャルロット=チャルトルィスカじゃなく、ブロニスワヴァ=スタニスワフスカでもなく、シャルロット=コリエでもない。わたしは、本当は誰なの?---この問いには、誰も答えを出してくれないのよ。だから、わたしは、フランスへ行こうとしているの。フランスには、その答えを出すための何かがあると聞いているわ」
「わたしが知っているのは、ポーランドには、チャルトルィスカ公爵令嬢というかわいそうなプリンセスがいるという事実だけです」ガストンが言った。「その方は、すばらしい音楽家で、そして・・・」
 ガストンは、そこで口ごもった。その先を本人の前で話す勇気はなかった。
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