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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第25章

第460回

「そうです。お嬢さん、あなたは、彼から1サンティームを受け取って下さい」シャルロットが拒否反応を示したのを見て、マンソンはあわてて次の言葉を口にした。「そして、そのかわりにあなたは彼に何か渡して下さい。1サンティーム相当のものを」
「でも、わたしが1サンティームをこの人から取ることにかわりはないわ」シャルロットが抗議した。
 青年は、栗色の髪をかき上げた。「よろしいでしょう」
「わたしは、『1サンティーム相当のものを』と言ったんですよ、お嬢さん」マンソンがもう一度言った。
 遠くの方で汽笛が鳴った。
「1サンティーム相当のもの・・・」シャルロットはマンソンを見つめ、青年に目を移した。「・・・わかりました・・・承知します」
 シャルロットは、ヴァイオリンケースの中から黒いスカーフを取りだした。それは、<クラコヴィアク>がベルリンに行ったときに買ったもので、シャルロットにとっては宝物のように大切なスカーフだった。それは、スタニスワフがかの女のために選んでくれたものだったからだ。そして、<B.C.スタニスワフスカ 1911>と白い絹糸で縫い取りがしてあった。その刺繍は、かの女のためにナターリア=チャルトルィスカ公爵夫人自らが縫ってくれたものだった。スカーフそれ自体も、最高級の絹でできたものだった。
 かの女がそれを青年の目の前に出したとき、青年は驚いた。
「・・・こんなに高価なものを・・・?」
 シャルロットは悲しそうに言った。「これが、《1サンティーム相当のもの》です。あなたにとって---少なくても、現在のあなたにとって、1サンティームがどんなに高いか、わたし、知っているつもりです・・・」
 シャルロットは、目の前の青年が、決して貧しい人ではないと察していた。彼は、もともと貧しい人間ではないはずだ。ただ、何かの事情で、こういう生活をしているだけだ。どういう事情で財布の中に5フラン1サンティームしか入っていないのかは知らないが、たまたま現在持ち合わせがないだけだろう。
 青年は『現在のあなたにとって』と言われて、さらに赤くなった。この少女は、鋭い洞察力を持っているとわかったからである。
 シャルロットは涙ぐんでいた。「これは・・・わたしの宝物です。見かけはただのスカーフですが、わたしにとっては、たとえ世界中のダイアモンドとだって取り換えることができないくらいの品物でした。・・・大切にして下さいますね?」
 青年はうなずいた。「ええ、きっと大切にします」
 汽車が音を立ててホームに入ってきた。
「あなたのお名前は?」青年が訊ねた。
「シャルロット・・・シャルロット=スタニスワフスカです。あなたは?」
「あと5分でパリ行きが出発します!」駅員が叫んだ。シャルロットには、青年の返事が聞き取れなかった。
「・・・すばらしいヴァイオリニストになって下さいね。ぼくは、いつも応援していますよ」彼は、あわててスカーフを首に巻いた。そして、汽車に飛び乗り、あっというまに姿を消した。
 シャルロットは、右手の手のひらにのった小さな硬貨を見つめていた。本当に、あっという間のできごとだった。
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