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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第25章

第461回

「彼だ・・・間違いなくグーロワールだ・・・」エミール=ショーソンがつぶやいた。
「グーロワール?」シャルロットはショーソンの方を向いた。
「そう。1903年に、第24回ジュネス=コンクールで2位になった男です」
 シャルロットは首をかしげた。「ジュネス=コンクールって何ですか?」
「ピアノ=コンクールですよ。学生を対象に、毎年開かれている・・・」
 シャルロットは驚いた。「じゃ、彼は、ピアニストだったのですか?」
「・・・ピアニストになろうとしていた、というべきでしょうね」ショーソンが言い換えた。「彼は、そのコンクールの本選で、ベートーヴェンの<オーロール>---外国人のあなたには、<ヴァルトシュタイン>と言った方がいいかしら?---を弾いていて、突然左手が動かなくなってしまったんです。あれがなかったら、彼は1位になれたはずでした。・・・そして、それ以来、彼は姿を消してしまったんです・・・」
 シャルロットは、グーロワールが貧しいことは一目でわかった。しかし、彼は挫折した人のようには見えなかった。むしろ、新しい希望を持って生きているようにさえ見えた。
「・・・じゃ、失礼します。われわれも、パリ行きに乗らなければならないんでね」そういうと、音楽評論家たちも行ってしまった。
 3人が汽車に乗り込むのを見送ったあと、シャルロットはヴァイオリンをケースにしまった。そのときに、1サンティームも一緒にしまった。
 顔を上げたとき、かの女はどことなく見覚えがある青年が汽車の方に歩いて行くのを見た。かの女は、車椅子で青年の跡を追った。
「ムッシュー=エルスタン?」かの女は声をかけた。
 青年ははっとして立ち止まり、振り返った。そして、車椅子の少女を怪訝そうに見つめた。
「あの・・・マクシミリアン=エルスタンさん・・・ですね?」シャルロットは自信なさそうに訊ねた。声をかけるまでは、彼がガストン=エルスタンの兄だと思っていた。振り返った青年は、ガストンに似てはいたが、目の色が違っていた。ガストンの目の色は、寂しそうな色だった。まるで冬の海を思わせるブルーの目だったが、青年の目はもっと冬の海に近い色だった。
「・・・ええ、そうですが・・・?」青年はしばらくの沈黙の後、小さな声で答えた。「あなたは?」
「ガストンの友人です」シャルロットが答えた。「シャルロットと言います」
「・・・もしかすると、あなたは、スタニスラフスキー家のシャルロットさん?」青年が訊ねた。「・・・いや、そんなはずはない。かの女は死んだはずだ、5年前に・・・」
 シャルロットは青くなった。
 そのとき、出発のベルが鳴り出した。
「あなたは、ガストンにとって、生きたお手本です。どうか、彼に・・・希望を・・・与えてあげて下さい」シャルロットが言った。
 彼は不思議なほほえみを浮かべた。「あの子に一番必要なものは、希望じゃないんです、残念ですが・・・。さようなら、お嬢さん」
 そう言うと、彼は急いで汽車のデッキに飛び乗って、かの女に向かって手を振った。
 かの女も手を振りかえした。
 汽車は行ってしまった。
《あの子に一番必要なものは、希望じゃないんです、残念ですが・・・》マクシミリアン=エルスタンは、悲しそうに言った。彼には、ガストンのような、あの激しさに似た強さはなかった。よく似た兄弟なのに、性格は反対のようだった。二人とも貧しかった。しかし、二人とも、生きていくことに希望を持っているようだった・・・。
 シャルロットは線路を見つめた。生きていたくないというのは、贅沢な悩みだと思った。
 約1時間後、かの女も、新しい出発に向けて汽車に乗った。
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