年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第26章

第479回

 シャルロットは、さっきの落ちた葉を拾った。「これは、死んでいるのね」
「・・・葉が木から落ちるとき、<葉が死んだ>という言い方をするのよ。人間は、昔から、人の一生を四季にたとえたわ。葉が枯れるように、人間もいつかは死ぬのよ」スール=コラリィはしみじみとした口調で言ったが、シャルロットには全部はわからなかった。
 病室に戻る途中で、一人の女性が運ばれるのを二人は見た。ゆっくり運ばれているので、二人にはその女性---事故にあったらしく、血まみれだった---がはっきりと見えた。
「かの女は、眠っているわ」シャルロットが言った。
「かの女は、死んでいるわ」スール=コラリィが言った。「シャルロット、死ぬというのはね、眠りなのよ。でも、決して目覚めない眠りなのよ・・・。そしてね、あんなふうにひどい怪我をしていても、もう全然痛くないのよ。それがどういうことなのかは、わたしにもよくわからないんだけど・・・」
 スール=コラリィは立ち止まった。シャルロットも車椅子を動かすのをやめた。そして、二人は、黙ってその女性を見送った。
「じゃ、さっきの葉も、眠っているのね。もう起きないで、眠っているのね?」シャルロットが訊ねた。
 スール=コラリィは、今のシャルロットには難しすぎる話だと思い、黙ったままうなずいたのである。
 その日の晩、スール=コラリィは、スール=サント=ジュヌヴィエーヴと夜勤だった。
 スール=コラリィは言った。
「シャルロットは、この10日間で驚くほど変わりました」
 スール=サント=ジュヌヴィエーヴはほほえみを浮かべた。
「あと10日間で、かの女に言葉を取り戻してあげたいんです。あの子がフランス語で完全な会話ができるようになったら、きっと自分の未来を切り開いていくようになると思うんです。そう思うことは、いけないことなんでしょうか?」
「そうね。かの女は、過去を思い出していないわ」
「かの女は、過去を重荷にしていたと聞いています。ドクトゥール=クチュリエは、かの女が過去に耐えられなくてシャルロット=コリエと名乗ったのだと言っていました。シャルロット=コリエは、かの女の本名ではない、と」
「どんなに重くても、それは、かの女自身の歴史なんです。あなたも、わたしも、自分の過去を持っています。自分の過去という歴史を背負って生きているのです。たとえば、わたしは、事故で娘を亡くしたという過去を持っています。・・・でも、その過去がなかったら、子どもを失った人の悲しみを、遺族と同じような気持ちで受け取ることができないと思います。わたしが人の苦しみや悲しみを理解できるとすれば、それは、亡くなったシャルロットの思い出があるからだと思うんですよ」
「でも、あなたは、じゅうぶんに大人です」
「大人だから、子どもより苦しくないと思うんですか?」スール=サント=ジュヌヴィエーヴは、つい早口でこう言った後、深いため息をついた。「・・・ごめんなさい、言い過ぎましたね・・・」
 スール=コラリィは、いつも静かにほほえんでいる聖女のようなこの女性でも、興奮することがあるのだな、と驚きながら考えた。
「スール=サント=ジュヌヴィエーヴ」スール=コラリィは穏やかに言った。「わたしにも、思い出したくない過去があります。あの子は、思い出せないだけ幸せなのかと思っていました。でも、あの子にも、思い出を持つ権利があるんですね」
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