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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第27章

第483回

 二人が練習場に戻ってみると、シャルロットはさっきのコンサートマスター相手にヴァイオリンソナタを弾いていた。スール=コラリィが教えた、ヘルムート=シャインの第3番のソナタだった。シャルニーは、それを聞いて、かの女を手放す悔しさに心の中で歯ぎしりする思いだった。
 スール=コラリィも、悲しみと寂しさを隠しきれずにかの女を見つめていた。
「・・・とてもすてきな伴奏者だろう?」シャルニーには、冗談にするしか悔しさを表さない方法がなかった。「あの子は、マルセル=トーマ=ティボーデだ」
「聞いたことがあります。ピアノ=コンクールで2位になったという噂の少年ですね?」
「1位になれるだけの実力はあるだろう?」シャルニーが言った。「シャルロット=ランブールの後継者がピアニストじゃ、サン=ジェルマン校が伸びないはずだろう?」
 スール=コラリィは答えなかった。
 帰り道、スール=コラリィは、シャルロットに訊ねた。
「あなたは、サン=ジェルマン=アン=レーという土地、好き?」
「ええ、もちろんよ」
「ずっとここにいたい?」
 シャルロットはちょっと考えてから首を横に振った。
「どうして?」スール=コラリィが訊ねた。
「わかりません」シャルロットは答えた。
 スール=コラリィは、ゆっくりと車椅子を押した。シャルロットは、ヴァイオリンケースを抱きしめたまま、いつの間にか眠っていた。
「・・・シャルロット、もうすぐお別れね」スール=コラリィは、眠っているシャルロットに、というより自分自身に向かって静かに言った。
 シャルロットは満足そうにほほえんでいた。かの女は、もう、前のような<10歳の赤ん坊>ではなかった。不自由ではあるが、きちんとした言葉を話し、笑うことと泣くことを覚えた。ヴァイオリンがきっかけで、持ち前の記憶力の良さを表し始めたし、感情を取り戻し始めていた。もう少したてば、ぼんやりとしか見えなかった光のかわりに、太陽が姿を現すだろう。自分の勤めは終わったのだ。
 スール=コラリィは、寂しさを感じていた。これまでの約2ヶ月の生活は、いつのまにかシャルロット中心になってきていた。シャルロットなしの生活は、柱のない家のようにさえ思えた。
「どうしたの、スール=コラリィ」その日、スール=コラリィと一緒に夜勤をしていた修道女が声をかけた。「あなたらしくもない。いい、看護修道女は、病人に必要なものなのよ。健康な人には必要ないの。一人でも病人が治ったら、喜んであげるべきじゃないの?」
 スール=コラリィは、小さな声で言った。「スール=アネット・・・。そうね、そのとおりだわ。わたし、うれしいのよ。あのちいさな患者が、あそこまで回復したことがうれしいの。でも、なんだか、素直には喜べないの。変ね?」
「いいえ、あなたは変じゃない」スール=アネットが答えた。「そう思うのが普通だわ。でも・・・でも、あたしたちは、それを乗り越えなくてはならない。患者は、かの女だけじゃないから・・・」
 スール=コラリィはうなずいた。
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