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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第28章

第508回

 翌日、すなわち1912年10月26日、シャルロットは大きなスーツケースを二つ、車椅子に積んで登校した。放課後、寮に入るつもりで、身の回りの荷物だけ運んできたのだった。かの女は、その荷物を車椅子ごと1階のドクトゥール=ワッセルマンに預け、教室に向かった。
 まだ早かったので、教室には誰もいなかった。
 かの女は、教室の中を見回した。誰も来ていない教室は、かの女にとって探検しがいのある場所に思えた。かの女はゆっくりと歩いた。松葉杖を使って歩くのには慣れたが、歩きにくいのは確かだった。しかも、教室は3階だったし、教室の中にも段差があって歩きにくかった。
 ドアから入ると、目の前は教壇だった。ドアに立っただけで黒板の字は読めた。そして、その奥がピアノだったが、奥というよりは黒板の隣で、チョークの粉などがつきそうな場所だった。しかし、近づいてみるとピアノは古いものだったが、チョークで汚れてはいなかった。掃除がかなり行き届いているようだ。
 この教室には、出入り口が一つしかない。2年7組は3階の突き当たりに位置する教室で、黒板と反対側、つまり座席の後ろ側は窓になっていたが、ほかの三方はドアのあるスペースを除いては全部壁だった。座席の両側の壁にはロッカーが置かれていた。そして、正面の黒板に向かって左側に、小さな連絡用の黒板があった。その小さな黒板に<ブリュメール4日 1912年10月26日(土)>と日付が入っていた。このブリュメール4日、というのは、かつての担任アヴィの置きみやげだった。彼は、フランス革命の話をしたとき、革命歴の説明をしたのだが、それ以来このクラスにはその暦が生きていた。シャルロットも<ブリュメール=クーデター>という曲を知っていたので、ブリュメールという言い方には抵抗は感じなかった。
 かの女は、前日のうちにアグレスールが用意したものらしい新しい座席表が机の上に置かれているのに気がついた。かの女は、その表を急いで暗記した。自分のところに<プティタンジュ>と書かれてあったのまで、すべて・・・。
 それから、かの女は<ブリュメール=クーデター>を弾き始めた。そのときになって、教室に人がやって来はじめた。ピアノの音がしたのでそっと入ってきた少年は、シャルロットが弾いているのに気がついて驚いたが、シャルロットの方も彼に気づいて弾くのをやめた。
 少年は、襟元にブルーのバッジをつけていた。ブルーのバッジは2年生を意味している。<Ⅶ W.N.ミチューリン>と書いてあった。最初のⅦは2年7組の7だろう。しかし、名前は?
 シャルロットは、いたずらっぽくほほえんで声をかけた。「おはよう、ウラジーミル=ニコラエヴィッチ」
 少年はぎょっとしてシャルロットを見た。「まさか、ぼくを覚えているの?」
 シャルロットの表情から陽気さがさっと消えた。「・・・ごめんなさい、悪ふざけはやめるわ。わたし、あなたを覚えていないの・・・ごめんなさい。ところで、あなた、本当にウラジーミル=ニコラエヴィッチなの?」
 少年は逆ににこにこした。「ええ。ウラジーミル=ニコラエヴィッチ=ミチューリンです。このクラスではディスポと呼ばれています」
「お名前からすると、ロシア人ね?」
「ええ。もともとはペテルブルク出身です。ですが、父の仕事の関係で、ワルシャワに住んでいました」少年が答えた。
「・・・ああ、それで、わたしを知っていたのね・・・?」シャルロットが言った。「わたしも、ワルシャワに住んでいたそうなので・・・」
「住んでいたそうなので・・・?」少年の顔がちょっとくもった。《やっぱり、覚えていないのか・・・》という表情だった。
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