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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第28章

第510回

「年齢制限?」シャルロットが訊ねた。
「ぼくは、2年生をやるのは、これで3度目なんだ。だから、<先輩(アンシャン)>なんて呼ばれているのさ」フランソワが白状した。
「彼はね、トップクラスの成績なんだ。ただ、数学だけ苦手で、どうしても1年生になれないんだ」
「<メートル=シャントゥール>のシェフになるのに、どうして数学が必要なんだ?」フランソワは不服そうに言った。
 シャルロットは、その名前に聞き覚えがあるような気がした。「<メートル=シャントゥール(マイスタージンガー)>って、確か、オペラのタイトルか何かだったわね?」
「そう、ワーグナーのね。でも、この場合は、うちの店の名前だよ」フランソワが言った。「うちは、代々ケーキ屋をしている。一人息子のぼくがあとを継ぐことになっているんだ」
「しかし、ケーキ屋にだって数学は必要だよ。ケーキの代金やおつりを間違えていたら、商売にならないでしょう?」ウラジーミルが言った。
「それに、小麦粉や砂糖や卵の値段その他の要素から、利益が出るようなケーキの代金を計算しなくてはね」シャルロットが言った。
「ほう? きみは、経済学も得意なの?」フランソワは目を丸くした。
「それは、経済学じゃないわ。商売の話」シャルロットは片目を閉じた。「商売には、数学がつきものよ」
 フランソワはふん、と言いたそうにシャルロットを見た。8つも年下の少女にばかにされるのはかなわない。
「でも、儲けることが人生の目標ではないでしょう?」シャルロットはそう言うと、ちょっと真面目な顔をした。「そして、数学だけが人生の難関じゃないわ」
 フランソワは、今度はびっくりしたようにシャルロットを見た。「じゃ、きみは、何が人生の難関だと思う?」
 シャルロットはちょっと考えてから答えた。「・・・生きることそのもの、じゃないかしら?」
 フランソワは、一瞬黙った。そして、彼は急に笑い出した。「きみは、経済学者じゃなくて、哲学者だったんだね?」
 シャルロットはむっとした。今度こそ彼にばかにされた、と思ったのである。かの女は、彼に背を向けて席に戻ろうとした。そのとき、かの女はフランソワの足元に紙が落ちていることに気がついた。読むつもりはなかったが、内容が目に入った。


アルファイの子ヤコブへ
 ブリュメール6日、朝ミサが終わったあとで、いつもの場所に集合のこと。この手紙は、読んだら焼き捨てること。---I.N.R.I



「あら、何か落ちているわ!」シャルロットはさりげなく言った。
 フランソワははっとして足元を見た。彼は、紙を拾うと、無造作にポケットにつっこんだ。このときには、その紙の意味はかの女にはわからなかった。
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