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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第28章

第513回

 シャルロットも席に戻った。バルバラが心配そうにかの女を見つめていた。
「あなたたち、何を話していたの?」バルバラは、イタリア語がほとんどわからなかったので、話の内容はわからなかった。ただ、<マルフェ><アンシャン>という単語は聞き取れたので、不安になったのである。クラスメートのかの女は、この二人が犬猿の仲だということを知っていたからである。
「・・・ええっと、あなたがシレーヌね」シャルロットはとぼけることにした。
「その紙、マルフェとアンシャンについて何か書かれていたの?」バルバラは、より具体的な質問をした。
「これはね、極秘文書なの」
「極秘文書ですって!」バルバラは、あまりばかばかしいので思わず笑い出した。
「ねえ、<クラスⅡ>って、何の略号?」シャルロットが真面目な顔で訊ねた。
「最上級生のクラスよ。クラスⅡには、主に弦楽器奏者たちが集まっているわ。でも、それがどうかして?」
「・・・そこに、アンシャンの友達がいるんですって」シャルロットは声を潜めて答えた。
 バルバラは、疑わしそうにかの女を見た。「ヴィトールド=ザレスキー?」
 シャルロットはうなずいた。
「あなた、その名前を聞いても、何も思い出さないの?」
「ヴィトールド=ザレスキーは、わたしたちの一族の中心人物だと聞いているわ」シャルロットは用心深く答えた。
 そのとき、マダム=ベルマンが教科書を持って入ってきた。かの女は、黒板のところに立つなり、事務的な口調で言った。
「欠席はなし、ね。テキストは60ページです。今日も<ラシーヌ論>の続きを読んでいきます。では、マドモワゼル=クールゾン、読んで下さい」
 2年7組には、クールゾンという名前の女性は一人しかいない。ロッシが渡したリストにも載っていたフロランス=クールゾンである。シャルロットは、興味を持って振り返った。
 黒い髪の少女が、背筋をまっすぐに伸ばして本を持っていた。その様子を見たシャルロットは、この少女に以前会ったことがあることに気がついた。この少女は、ピアニストのドリー=クールゾンだ。ショパン研究家で、有名なピアニストでもあるアレキサンダー=カーソンの娘。ショパンを弾かせたら誰もかの女を負かすことができないだろうとまで言われていたドリーが、どうしてこんなところにいるのだろう?
---フロランス=クールゾン。これが、ドリーの名前なのね。いい名前だわ・・・。
 シャルロットは、ラシーヌ論のことを忘れ、かの女をじっと見つめていた。
「マドモワゼル=チャルトルィスカ、ラシーヌのことはご存じですね?」突然、マダム=ベルマンがシャルロットに言った。その調子には、かなりの皮肉が込められていた。
 シャルロットは前を向いた。かの女は真っ赤になっていた。
「マダム=ベルマン、かの女は記憶を失っています。今の質問は取り消して下さい」後ろの方から男子生徒が言った。
「わかりました、ムッシュー=ジュメール」マダム=ベルマンが言った。「失礼をお詫びします、マドモワゼル=チャルトルィスカ。質問を変えましょう。マドモワゼル=クールゾンが今読んだ部分の要約をお願いします」
 シャルロットはますます赤くなった。かの女は、ドリーがどこまで読んだのか、全く聞いていなかったのだ。もちろん、マダム=ベルマンはそれをよく知っていた。
「・・・朗読があまり上手だったので、聞き惚れていたのでしょうね。今後気をつけて、早く学校になれて下さいね」
 マダム=ベルマンの口調は優しかった。しかし、皆の前でいきなり恥をかかされたシャルロットには、もう上を向く気力がなかった。
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