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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第28章

第516回

「どうしてですか?」シャルロットが訊ねた。
「彼は有名な医者で、彼の手術を受けるには、一年くらい待たなくてはならないくらいなんだそうだ」
 シャルロットは言い返そうとして言葉を引っ込めた。ドクトゥール=ワッセルマンが、言外に、彼の命はあと1年持たないかも知れないんだ、と言おうとしていることを悟ったからである。しかし、かの女は、すぐに顔を上げ、彼を見つめた。
「わたしは、希望を捨てません」
「そうだね、それもいいかも知れないね」そう言うと、彼は探るようにシャルロットを見た。「・・・シャルロット、きみ、本当は記憶が戻ったんじゃないの?」
 シャルロットは悲しそうに答えた。「いいえ、全然」
「でも、心臓病の知識なんて、ついこの間まで記憶がなかったひととは思えないくらいだけどね」
「わたしは、サン=バルナベ病院からここに来たのよ。病人はたくさん見てきたわ」シャルロットはとぼけることにした。
「・・・ぼくを信用してくれないんだね?」ドクトゥール=ワッセルマンは、傷ついたように言った。
「なぜそんなことを言うの?」シャルロットの表情にも傷ついた様子があった。
「きみは、きっとたくさん苦労をしてきたんだろうね・・・」
 シャルロットは首を横に振った。「覚えていないわ・・・」
 そのとき、美しいチェロの音色が聞こえてきた。シャルロットは勝手に話を中断して、音がする方に歩き出した。ドクトゥール=ワッセルマンは、肩をすくめて立ち去った。
 シャルロットは、チェリストを求めて歩き回っているうちに、自分がどこにいるのかわからなくなった。困惑していたかの女の後ろで、聞き覚えがある声がした。
「・・・どうしたの・・・?」フランソワ=ジュメールだった。
「聞いていたの・・・そうしたら、道に迷ったのよ」
「あのチェロをかい?」彼はほほえんだ。「すてきな音色だろう? あれは、2年3組のイジドール=アルノーだよ」
 イジドール=アルノー---ゼベダイの子ヤコブ・・・。あのリストに載っていた名前だ。シャルロットは、13人の名前を思い出した。<ル=グループ=トレーズ>の13人。共通点は何だ?
「・・・どうしてわかるの? 見てもいないのに?」
「すぐにわかるさ。あんなに上手な人は、ほかにはいないもの。彼は、学校中で一番うまいんじゃないかな。・・・でも、彼は、オーケストラには入っていないんだ」
「<ソサイエティ>に、ではなく、どのオーケストラにも属していない、ってこと?」
 フランソワはうなずいた。
「どうして?」シャルロットが訊ねた。
「やめてしまったのさ」
「やめてしまったんですって! でも、ソサイエティには、エリート奏者がみな集まっているんじゃなかったの?」
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