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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第3章

第53回

「愛しているのなら、すべてを捨てるべきだったのは、あなたのほうでしょう、ムッシュー=ロジェ?」
 ロジェは、両手で顔を覆った。「そうしたかったよ。・・・でも、そうしてはいけなかったんだ!」
 クラリスは、反論を試みようとした。「フランソワーズおばさまが何と言おうと、あなたは自分の意志を貫くべきだったんじゃないでしょうか。女性は、愛する男性が自分を引っ張っていってくれることを望んでいるはずなんです。わたしがかの女なら、あなたが駆け落ちしようとしたら、言葉では何といおうと、内心では喜んで従ったでしょう。あなたは、かの女を連れ出してしまえばよかったんです」
 やがて、彼は顔を上げた。「きみの言うとおりかもしれないね、クラリス・・・。わたしの本心は、きみの不思議な夢のとおりだよ。わたしは、自分に正直じゃない。しかし、今となっては、すべてを捨ててくれたフラニーの愛を無にはできない。わたしは、今でもかの女を愛しているんだ・・・」
 このときのクラリスは、この恋愛を理解するには、まだ人生経験が不足していた。かの女は、ロジェの気持ちを理解できなかったのである。
 ロジェと別れた後、クラリスの足は、サン=マルタン教会の方へ向かっていた。15年前も、かの女はこんなふうに歩いていた。あの日と同じように、足が勝手に教会に向かっていたのである。あの日は、かの女は、教会にたどり着いたが、中に入るだけの体力が残っていなかった。しかし、今のかの女は、ドアの前に立っていた。中から、あの日と同じように音楽が聞こえていた。あのときの音楽とは趣が違う音楽であった。
 急にドアが開いた。中から一人の女性が出てきた。女性は、クラリスを見ると目を丸くした。
「クラリス! パリに戻っていたの?」
 そこに立っていたのは、5年前クラリスがここにいた頃、メランベルジェの元でオルガニスト見習いのようなことをしていたシモーヌ=アランであった。
「シモーヌね?」クラリスはかの女の方へ駆け寄った。「まだここにいたのね?」
「まだ、ね」かの女はほほえんだ。
「ここで知っている人に会えて、とてもうれしいわ!」クラリスが言った。
「そうね・・・あれから、ずいぶん変わったものね」シモーヌが言った。「わたしは、今、ここの副オルガニストをしているの。今年の3月に、ベルナール=ルブランが正オルガニストの地位を、一番弟子のエティエンヌ=ヴァランタンに譲ったとき、わたしもちょっと出世した・・というわけ。で、あなたは? いつからパリにいるの?」
「けさよ」クラリスが答えた。「今日一日で、メランベルジェとルブランとロジェに会ってきたのよ」
 シモーヌはうなずいた。
「もう一人、会いたい人がいるの」
「フランソワーズ=ド=ラヴェルダン?」
「いいえ、フランソワーズおばさまがパリにいないことは知っているわ」クラリスが言った。「このスケッチブックの持ち主を捜しているのよ」
 シモーヌは、詳しい事情を聞こうともしなかった。「今晩、泊まるところがなかったら、うちにいらっしゃい」
「大丈夫、泊まるところはもう決まっているの。ありがとう」クラリスが答えた。
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