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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第31章

第556回

 途中で、シャルロットは一人の修道女とすれ違った。そのとき、シャルロットの松葉杖が、かの女の持っていた小さなバッグに引っかかった。バッグは床に落ち、落ちたはずみでふたが開き、中味が飛び出してあたりに散らばった。
「・・・ごめんなさい、マ=スール」シャルロットは謝り、中味を拾うのを手伝おうとした。
「大丈夫、わたしが拾うわ」修道女がシャルロットを止めようとした。
 しかし、シャルロットはゆっくりと床に手をついて拾い始めていた。かの女は、足元に落ちていた古い写真を拾い上げた。その写真に写っているちいさな女の子を見、シャルロットは思わず修道女を見つめた。その写真に写っていたのは、まぎれもなく昔のかの女自身だった。写真の裏には、ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーの筆跡で、《シャルロット。5歳の誕生日に。1907年6月28日 ミュラーユリュード》と書かれていた。
 修道女は、シャルロットの手から写真をすっと取り上げた。
「マ=スール、あなたは、いったい誰なんですか?」シャルロットは思わず訊ねた。「どうして、あなたがそれを持っているんですか?」
「あなたに答える必要はありません」修道女は、毅然とした態度で答えた。
 シャルロットはひるまなかった。「いいえ、あります。その写真に写っているのがわたしだからです」
「あなたではありません。この子は、死んでしまったのです」
「わたしは、写真の裏に書いてある筆跡が誰のものか知っています。それは・・・」
 修道女は、激しい調子で遮った。「わたしの娘は、5年前に死んだんです!」
「わたしの娘・・・?」シャルロットはびっくりして修道女を見つめた。
 修道女は自分の言葉を撤回しようとした。「いいえ、この子は、わたしの娘ではありません。かの女は、知り合いのお嬢さんです・・・」
「マ=スール、あなたはいったい誰なんですか?」シャルロットは修道女に訊ねた。
 修道女は逆に訊ねかえした。「それより、あなたは誰なの? 先に名乗るのが礼儀でしょう?」
「わたしの名前は、シャルロット=ド=ルージュヴィルです」シャルロットは背筋を伸ばして、修道女をまっすぐに見つめて答えた。
「シャルロット=ド=ルージュヴィルは死んだわ。10年前に」修道女が答えた。かの女は真っ青になっていた。
「父は、誰に聞かれてもその名を名乗ってはいけない、と言いました」シャルロットが続けた。「わたしは、ある事情から、ユーフラジー=ド=ラ=ブリュショルリーになりました。たぶん、あなたなら、その理由をご存じですよね?」
 修道女は、力なく首を横に振った。
「そして、わたしたちは、1907年7月13日に・・・」シャルロットが言いかけた。
「やめて!」修道女は、耳をふさぐようにして顔を背けた。
 シャルロットは、かの女の腕をつかんだ。
「あなたは、誰なんですか、マ=スール?」シャルロットは体をすり寄せるようにして訊ねた。シャルロットは、この修道女が、ひょっとすると自分の母親かと思った。しかし、かの女の母親は、10年前に間違った薬を飲んだために死んだのだと聞かされていた。かの女は、毎年12月16日には、母親の命日のミサに出ていたのである。以前、母親の写真を見たことがあった。父親はこう言ったことがあった。
『かの女は、とても美しいひとだった・・・。まるですみれの花のようなひとだった。そして、すみれのようなきれいな目をしていた・・・』
 今、目の前に立っている修道女は、まさにすみれのような色の目をしていた。
「マ=スール、お願いですから教えて下さい。あなたは、いったい誰なんですか? 本当のことを言って下さい。わたしも話したのよ」シャルロットは甘えるような口調で言った。
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