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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第31章

第560回

 翌日、スール=コラリィと再開して以来、シャルロットはスール=コラリィの新しい患者に夢中になった。
 スール=コラリィの担当の患者は、アンリ=ファルローという名の4歳の男の子だった。まだほんの子どもなのに、交通事故で失明していた。たぶん、一生目が見えないままだろう、とスール=コラリィは話した。彼は、両親と叔母と車で出かけ、パリに戻る途中で事故に巻き込まれたのだった。運転していた父親は軽症だったが、母親は即死だった。彼自身も、怪我は軽いものだったが、頭を強く打ったのが原因で視力を失った。彼が入院して以来、父親とほとんど会話を交わしたことがないそうだ。父親自身も入院中で、スール=サント=ジュヌヴィエーヴの患者なのだそうだ。彼の父親は有名な弁護士だということだ。さらに、同乗していた叔母もかなりの重傷を負って入院中らしい。
 シャルロットは、パトリックに、その気の毒な男の子の話ばかり聞かせ、彼を余計退屈させていた。かの女は、彼が退屈していた理由に気づかなかった。かの女は、自分がいることが彼を退屈させているのだと誤解し、彼の病室にあまり長い時間いるのをやめてしまった。
 そのかわり、かの女は、4歳の男の子につきっきりになった。かの女は、自分がスール=コラリィにしてもらったように、子どもにヴァイオリンを弾いて聴かせた。それから、手を引いて外に連れ出し、木とかベンチに触らせて、物の名前を教えた。シャルロットは気づいていなかったのだが、パトリックはその情景を病室から見つめていた。彼は、男の子に嫉妬していた。それでもその様子を見ていたのは、かの女が、男の子のために時々ヴァイオリンを弾いて聴かせるからだった。その音色は、彼の病室にも届いた。彼は、かの女が弾くヴァイオリンの音色がとても好きだったのだ。
 木曜日に、ミュラーユリュードからさらに二人やってきた。ジュール=ド=メディシスとフランソワ=ジュメールだった。この二人の男の子たちは、パトリックにとって願ってもない話し相手になった。シャルロットは話し相手にはならなかったし、おまけにどこかの子どもと夢中で遊んでいたので、彼は結局退屈だったのである。
 フランソワ=ジュメールは、辛抱強い人だった。彼は、ジュールでさえ途中で飽きるほど長いパトリックの話に黙って耳を傾けた。パトリックは、彼に空の話をしていた。そして、鳥たちの話を。ジュールは途中で部屋から出た。ジュールにとっては、シャルロットが中庭でちいさい男の子にヴァイオリンを弾いて聞かせているのを見ている方がずっと面白かったのである。
 フランソワは、同じクラスになる前からパトリックを知っていた。心臓が弱く、いつも青い顔をしている病弱な少年が、人並み以上のリズム感の持ち主であることは有名だった。彼は、ソサイエティでは打楽器を担当していた。彼は、入学以来打楽器パートの一番奏者で、小太鼓を担当していた。フランソワは、彼ほどリズミカルに小太鼓をたたける人はいない、と彼が新入生のときから考えていた。二人は2年違いであり、ソサイエティでも話をする機会はこれまでになかった。フランソワは、彼の青白い顔から見ても、彼のような少年は、室内で工作でもするような趣味の持ち主であろうと考えていた。ところが、フランソワの考えとは大きく違って、彼の趣味は室内でできるような物ではなかった。彼の趣味は確かに物を作ることだったが、彼が作るのは、庭に咲く新種のバラであった。そして、彼が一番興味を持っていたのは、飛行機だったのである。
 ケーキ屋の息子として生まれ、ちいさいときから親が粉をこねたりオーヴンの前でケーキやパンの出来具合を眺めている姿を見て育ち、そんな親を尊敬し、自分もやがてはその仕事に就こうと考えていたフランソワと、ミュラーユリュードで一番古く由緒ある家に生まれ、代々受け継がれてきたお城のような家を守ることを義務づけられている少年。町のシンボルといわれ、町民の憩いの場になっている庭のバラ園の主。そして、そのバラを育てることに情熱を持っていた父親に育てられ、父親に捨てられた後も、父親と同じことをしている少年。何の共通点もないような二人だったが、話をしてみると、なぜか昔からずっと知っている友人のような気がすることを、二人とも気づいていた。フランソワは、パトリックの飛行機の話に心から共感を持った。パトリックは、自分がかけがえのない友達に巡り会ったことに気がついた。
 シャルロットだけは、クーデター前のこの時期、どうして<ル=グループ=トレーズ>のメンバーであるフランソワがここへ来たのか不思議がっていた。本人と二人きりになったら絶対それを聞き出そう、と思っていたのだが、フランソワはパトリックにつきっきりだった。
 かの女は思っていた。《メンバーの一人がここに来るとすれば、アグレスールが一番ふさわしかったのに・・・》と。かの女は、まだ、アグレスールが何か危ない目に遭うことを恐れていたのである。
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