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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第31章

第562回

 そのとき、かの女が見ているまえで小さなボートが転覆した。かの女が叫んだので、5人も船が転覆したことに気がついた。
 少年が一人溺れていた。そして、彼は何か叫んでいた。
「大変だ、助けを呼んでる!」フランソワ=ジュメールがそう叫び、川に入っていこうとした。
「やめなさい。危ない。何か投げた方がいい」シャルニーは落ち着いてフランソワを止めようとした。
 シャルロットはふるえていた。前にこんなことが起こったことがあるような気がした。かの女は、無意識に叫んだ。
「お願い、助けてあげて!」それは、ポーランド語だった。
 フランソワだけがその叫びの意味を知っていた。彼は、ポーランド語を少しだけ知っていた。かの女だけではなく、溺れていた少年も同じポーランド語で叫んでいた。彼はその叫び声の意味を知っていたからこそ、少年を助けようとしたのである。
 フランソワは、シャルニーを振りきり、川の中に入っていった。
「お願い、やめて、スターシ! 溺れてしまうわ!」シャルロットは半狂乱になってポーランド語で叫び続けた。「お願い、戻って! 死んじゃうわ!」
 パトリックは泣きじゃくっているシャルロットをなだめるように抱きしめた。
「大丈夫だよ、大丈夫。彼なら心配いらないよ、モナンジュ・・・」パトリックはフランス語でささやいた。彼は、シャルロットが落ち着くまで優しく髪をなで続けた。
 その間に、フランソワは溺れている少年を抱えて、泳いで戻ってきた。
 少年が戻ってくると、シャルロットはほっとしたように言った。「よかったわね、アウグスト。でも、こんなところで、いったい何をしていたの?」
 それはポーランド語だったので、シャルロットたちとフランソワにしかわからなかった。
「泳ぎの練習・・・というわけにもいかないね」アウグスト=ポニァトスフキーもポーランド語で答えた。
「下手な冗談はやめて。ちっとも上達していないじゃないの」
「泳げないのなら、船で釣りをしようなんて考えないことですね」フランソワは、彼には珍しく、怒った口調でフランス語で言った。
「怪我はないか、二人とも・・・?」シャルニーがフランス語で訊ねた。
「ありません。きみは?」フランソワがフランス語で訊ねた。
「大丈夫です」アウグストもフランス語で答えた。
「まあ、たいしたことにならなくてよかったよ」シャルニーが締めくくった。
 アウグストが去っていったあと、フランソワはシャルロットを見た。かの女はまだ半分泣き顔だった。
「・・・思い出したんだね?」フランソワが訊ねた。
「ええ、少し・・・」シャルロットはしゃくり上げながら答えた。
「思い出したって?」シャルニーが訊ねた。
 シャルロットはうなずいた。
「そうか」シャルニーには、よかったな、とは言えなかった。彼は、慰めるようにかの女を引き寄せた。かの女は、彼にもたれるようにして泣いていた。
 サント=ヴェロニック校の3人は、自分たちのオーケストラ顧問には、こんな優しさがあったろうか、と考えていた。もし、この人が自分たちの顧問だったら、決してクーデターは起きなかっただろう。サン=ジェルマン校の生徒たちは幸運だった。
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