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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第31章

第570回

 シャルロットは楽譜を開いた。かの女は、彼がその曲を<交響詩>と言ったのを覚えていた。かの女は、てっきりスコアを渡されたのだと思った。ところが、その楽譜は、パート譜だった。一見、ピアノ連弾の楽譜風のパート譜は、自分のパートと、ピアノ譜にアレンジされたオーケストラ部分が載っているもので、シャルロットは一目でその曲が<交響詩>というよりは<ピアノ=コンチェルト>に近いことを読みとった。
「これを、わたしが演奏するんですか?」シャルロットは目を丸くした。
「ええ、ぜひ。ぼくは、あなたほどピアノが上手な人は、この学校にいないことを知っています」
「光栄なことです。わたしは、ポーランドではヴァイオリニストだと言われていましたのに・・・」シャルロットは、皮肉を言った。「この学校には、わたし以上の人なんていくらでもいるでしょう?」
 ギュンターは思わず苦笑した。
 逆に、リシャールはその皮肉には気づかなかった。「いいえ、いないんです。だからこそ、あの日、みんなドランドに反感を持ったのです」
「その話は、もうやめましょう」シャルロットは、思い出したくもない、というように首を振った。
「とにかく、ぼくは知っているのです。そして、あなたを尊敬しています」
 3人の少年は、ぽかんとしたようにリシャールを見つめた。
「この曲のタイトルは、交響詩<イスタール>。イスタールの意味するものは・・・」リシャールは口ごもった。
「・・・それは、外国の女神の名前だったわね・・・」シャルロットがつぶやくように言った。「そして、このサブタイトル・・・<ブリュメール4日、ソサイエティ=ホールにて>・・・」
 シャルロットはそう言うなり、ぽっと頬を染めた。
「・・・だから、あなたに弾いてもらいたいんです」彼もうつむき加減になっていた。「いいですか?」
 シャルロットは恥ずかしそうに下を向いた。
「・・・いいですね?」ややあって、彼は頼み込むような口調で言った。
「・・・わかりました。あなたの友情にこたえるために、がんばります」
 彼は、その返事を聞き、急いで駆け去った。
 シャルロットは、楽譜を持ったまま少年たちの方に向き直った。
 彼らは、目を丸くしてシャルロットを見つめた。
「・・・あのリシャールが、誰かに『尊敬している』っていう言葉を使うなんて」フランソワ=ジュメールは、信じられない光景を見てしまった、と言わんばかりの表情をしていた。「しかも、自分よりちいさな女の子に向かって・・・」
「彼は、『尊敬している』という言葉を使うことは滅多にない」ギュンターも言った。「彼自身が尊敬されるべき対象である人間だから、その彼が一目置く人間はごくわずかだ。この学校内には、これまで、ただ一人しかその対象はいなかった。そんな彼に尊敬されるなんて、きみは彼に何をしたの?」
 シャルロットはその問いには答えなかった。
「・・・難しい曲だわ。わたしに弾けるかしら・・・?」シャルロットは手元の楽譜を当惑したように見つめた。
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