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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第31章

第573回

 シャルロットは大きく息を吸った。「いつか、あなたは、わたしを好きだと言ってくれたわよね。わたし、まだ子どもだけど、人を好きになるってどんなことか知っているつもりだったわ。好きになるって、その人を一番大切に考えることだと思っていたわ。でも、あなたは違うのね。それとも、あなたは、わたしに嘘をついていたのかも知れないわね」
「ぼくが嘘をついたって!」オーギュストは、早足でかの女のそばまでやってきた。そして、顔を覆って泣いているかの女の手をつかんで降ろさせた。そして、かの女の目をじっと見つめた。「ぼくは、イスカリオテのユダだと言われるのは耐えられる。あなたを裏切ってしまったと言われても、事実なのだから否定はできない。あなたよりグループを選んだのだと言われても、残念ながらその言葉を覆すことはできない。だけど、あなたを愛していることだけは疑わないで欲しい。お願い、ぼくの目を見て! ぼくを信じて、もう一度だけ!」
 シャルロットは目をそらした。かの女は首を横に振り、彼の手を振り切った。はずみで松葉杖が下に落ちた。かの女自身、重心をくずし、倒れかけた。彼はとっさにかの女を支えようとした。かの女は、彼に抱きしめられたかっこうとなり、もがきながら言った。「・・・わたしは、裏切り者は許さないのよ」
 オーギュストはかの女から離れた。そして、松葉杖を拾ってかの女にわたし、その場にひざまずいた。
「・・・ごめんなさい、シャルロット」オーギュストはうちひしがれた様子でかの女に謝った。「ぼくが悪かった。弁解はしないよ。あなたが怒るのは当然だよね」
 シャルロットははっとして彼を見つめた。
 かの女は、突然、ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーを思い出した。彼は、口癖のようにこう言った。
『アルトゥール=ド=ヴェルクルーズの息子たちは、父親に似て頑固だ。彼らは、決して人に謝りたがらない。でも、不思議だよね。フランショーム一族の人間に謝られると、何だか許さなくちゃならないような気分にさせられる。だけど、彼らは絶対に謝らないんだ。ミューだけはそうならないでほしいものだが・・・』
 そう、《アルトゥール=ド=ヴェルクルーズの息子たち》の中には、ミューは含まれていなかった。当時、彼は女の子として育てられていたのである。しかも、彼は、ザレスキー一族に育てられたフランショーム一族だったのである。フランショーム一族で、一番フランショーム一族らしからぬ人間がいるとすれば、それは彼だったはずだ。
 しかし、かの女の父親の言うとおりだった。かの女は、オーギュストの表情を見ているうちに、自分が怒っていたことなどどうでもいいと思い始めたのである。
「・・・ミュー、わたし、言い過ぎたわね。許してね」シャルロットは優しく言った。
 オーギュストは有頂天になった。「ありがとう、シャルロット!」
 かの女は涙を拭き、彼に握手を求めた。「だって、あなたは、リヴィエール先生を買収してくれたんですもの」
 彼はその手を握りしめながら、ほほえみを浮かべた。
「おかげで、オルガンコースを受講できることになったわ。ありがとう」
 彼はうなずいた。
「・・・実は、お願いがあるんです」彼が言った。「あのときのオルガン曲・・・」
 シャルロットの表情がこわばった。
「あれが完成したんです。それで、あなたにオルガンパートを演奏して欲しいんです。今度のスゴンの定期演奏会で・・・」
 あの日、サン=ステファーヌ聖堂で、彼と一緒にオルガンを弾いていたとき・・・かの女は幸せな気分だった。あれから、いろいろあった。パトリックが入院し、クーデターがあり、アグレスールが失明した。あのときのような無邪気な気分に戻ることは、もうないだろう・・・。
 シャルロットが暗い表情になったので、オーギュストは困ったようにかの女を見た。
「・・・わたし、やります」シャルロットが答えた。
 オーギュストはほっとしたような表情を見せた。
「あなたは、このために、リヴィエール先生に銀貨を渡したのね?」
「ぼくは、彼に、自分の交響曲を好きな人に初演してもらいたいと言ったんだよ」オーギュストが言った。そして、彼はかの女にパート譜を手渡した。
「わたしたち、一からやり直しよ」シャルロットが言った。「本当にわたしのことが好きなのかどうか、じっくり観察させていただくわ。返事はそれからよ、ミュー」
 オーギュストはにやりとした。「あなたがザレスキー一族で、ぼくがフランショーム一族である以上、きっとぼくが好きになるさ」
「あなたにとっては残念なことでしょうけど、この学校のフランショーム一族の男性は、あなただけじゃないわ」シャルロットはほほえんだ。
 そう言うと、シャルロットは教室から出て行った。
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