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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第3章

第55回

 クラリスが振り返ると、ロベールは小さな花束を持って後ろを歩いていた。
「・・・行ってしまうんですか?」彼が訊ねた。
「ええ」
「どこへ?」
 クラリスは、答えたくないように首を振った。
「いつ、パリに戻ってくるんですか?」
「パリには、二度と来ないかもしれません」クラリスが答えた。
 ロベールの顔がくもった。「じゃ、もう二度と会えないかもしれないんですね!」
「あなたって、変わった人ね。わたしたち、ついさっき会ったばかりよ。わたしは、あなたにとって、ただの通行人なのよ」クラリスは肩をすくめた。「昨日まではお互いの存在を知らずにいて、明日はお互いに忘れ去る、そんな通りすがりの人なのよ。どうしてわたしの後を追いかけるの? そんなこと、無駄だと思わないの?」
「思いません。『明日はお互いに忘れ去る、そんな人』になってほしくないんです」ロベールが真面目な顔で言った。「お願いです、どうか友達になってください」
「わたしは、一時間後にパリにいないかもしれないわ。それでも友達になろうって言うの? 一時間後にさよならを言って別れるために友達になるの?・・・わたしは、そんなのいやよ。今さよならと言って別れてしまうべきだわ」
「たとえ一時間でもかまいません。友達になってほしいんです」彼は真っ赤になった。
 クラリスは、困ったような顔をした。
「せめて、あなたをクラリスと呼んでいいですか?」
 クラリスは肩をすくめた。「どうぞ、ご自由に。でも、あなたとはこれでお別れよ。もうついてこないでね、ロビー」
 ロベールの顔にほほえみが浮かんだ。「ありがとう、ロビーって呼んでくれたんですね」
 彼は、持っていた花束をかの女に渡し、何度も振り返りながら行ってしまった。
 クラリスは、彼の姿が完全に見えなくなってから、ホテルに向かって歩き出した。
 かの女は、自分が誰なのか知りたいと思った。その手がかりがパリにはあるはずだった。歩きながらかの女が考えたのは、昔のことだった。昔、あんな青年を知っていたような気がした。・・・そう、かの女の養父、ポール=ド=ヴェルモンは、赤毛であった。こうして歩いているうちに、昔の記憶の断片がよみがえってきた。
『アンドレおじさまが自殺したんだ。彼の銀行は、破産してしまったんだよ。・・・彼の銀行のために、わたしは借金してお金を集めた。それだけじゃたりなくて・・・わたしは、人のお金に手を出した。もし、それが明るみに出れば、一家は破滅だ・・・』青年は頭を抱えてそう言った。『わたしは、死ぬことにした。屋敷に火をつける。だから、みんなは逃げてくれ。死ぬのはわたしだけでいい』
 クラリスは、思い出したくないように首を振った。青年の顔が、亡霊のように消えた。 
 気がついてみると、かの女は、さっき会った赤毛の青年のことを考えていたのである。ブルーの瞳、くったくのない笑顔、明るいテノールの声・・・かの女は、ロベール=フランショームに恋をしてしまっていた。
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